BIT(Behavioural Inattention Test:行動性無視検査)は、半側空間無視(unilateral spatial neglect, USN)を包括的に評価する標準的ツールです。1987年にWilson、Cockburn、Halliganによって開発され、机上課題と日常生活動作に基づく課題の両面から、注意の偏りを定量的に捉えます。
日本では新興医学出版社から石合純夫らにより日本語版が刊行され、信頼性・妥当性が確認されています。紙筆式の評価として確立していますが、近年はデジタル化研究も進んでいます。
本記事ではBITの基本構造、実施手順、採点基準、臨床応用、関連検査、そしてICT化の動向まで、臨床家向けにわかりやすく解説します。
BITの概要と特徴
BIT(行動性無視検査)は、右半球損傷後に生じやすい「左半側空間無視」を評価するために開発されました。特徴は、紙筆による標準化された課題に加え、実生活場面を模した行動課題を組み合わせる点です。これにより「検査上の成績」と「生活上の行動」が密接にリンクして把握できます。
構成は以下の2部からなります。
| 区分 | 内容 | 課題例 |
|---|---|---|
| 通常検査(Conventional Subtests) | 机上での視覚探索・構成課題 | 線分抹消、文字抹消、星印抹消、図形模写、線分二等分、表象的描画 |
| 行動検査(Behavioural Subtests) | 実生活動作を模した行動評価 | 電話の使用、メニュー読み、硬貨分類、住所写し、地図探索、カード分類など |
BITの合計得点は227点で、通常検査146点+行動検査81点で構成されます。
「通常検査」は机上課題の精度を、「行動検査」はADLでの実際的な注意行動を反映します。
対象と適応
BITの対象は、脳卒中(特に右半球損傷)、頭部外傷後など、半側空間無視を疑う成人です。
18歳以上で、基本的な理解・操作が可能であれば実施できます。
適応の目的
- 半側空間無視の有無・重症度を定量的に把握
- 注意再構成訓練などリハビリ介入の立案
- 経時的評価による治療効果の確認
実施上の注意点
- 失語・失行・理解障害がある場合は簡易説明や補助が必要
- 利き手変更(左片麻痺など)により作業難易度を調整
- 注意持続に限界がある場合は分割実施も可
BITは単に「無視がある・ない」を示すだけでなく、どのような行動状況で無視傾向が出るのかを把握できる点で、臨床上の洞察を深めます。
実施手順とポイント
BITは紙筆形式で、通常約40分程度で実施します。
環境は静かで明るい机上を基本とし、検査者は被検者の右前方に位置します。
① 通常検査(Conventional Subtests)
- 線分抹消・星印抹消・文字抹消:探索範囲の左右差を評価
- 線分二等分:空間中心の認識偏位を確認
- 図形模写・表象的描画:構成・視覚空間処理の質を分析
② 行動検査(Behavioural Subtests)
- 電話使用:左側の物体探索
- 硬貨分類・カード分類:視覚探索+動作の連携
- 地図探索・住所写し:課題内での空間配分を評価
観察ポイント
- 探索の開始位置や方向
- 左側への反応遅延・見落とし
- 手の動きと視線のズレ
BITでは「エラーの質」も臨床的に重要です。単に点数化するだけでなく、行動の特徴を記録してリハビリ計画に反映します。
採点と結果の解釈
BITの得点は各課題の正答数・完遂度に基づき合計します。
| 検査区分 | 満点 | カットオフ(無視傾向) |
|---|---|---|
| 通常検査 | 146点 | 129点未満 |
| 行動検査 | 81点 | 67点未満 |
| 総合得点 | 227点 | 196点未満 |
得点の見方
- カットオフ以下の場合、半側空間無視の可能性が高い
- 左右の誤答傾向やエラー分布から偏向パターンを確認
- 行動検査の誤りは、ADLでの事故や安全行動低下と関連
解釈のポイント
- 総合得点だけでなく、各課題のエラー傾向を合わせて分析
- 「左無視=視覚探索障害」だけでなく、注意・遂行・空間認知を統合的に見る
- 経時的再評価により、注意再構成訓練やフィードバック効果を検証可能
BITは「数値評価+質的観察」によって、臨床推論を深める検査といえます。
標準化と日本語版の信頼性
日本語版BITは、新興医学出版社から刊行され、**石合純夫(編)**によって国内標準化が行われました。
健常成人群・右半球損傷群を対象としたデータにより、信頼性・妥当性が検証されています。
主な特徴
- 日本語指示に適した翻訳と文化的調整
- 再検査信頼性、基準関連妥当性が良好
- Rivermead ADL、Barthel Indexなどとの相関が報告
短縮版(Shortened BIT)
- 所要時間短縮を目的とした形式が報告されており、臨床場面で活用されています
- 正式な短縮版は「線分抹消・星印抹消・線分二等分」など一部課題を抜粋
BITは現在も世界的に引用が多く、半側空間無視評価のゴールドスタンダードの一つとして位置づけられています。
臨床応用とリハビリへの活用例
BITは診断ツールであると同時に、リハビリ介入の設計・効果検証にも活用されます。
臨床での活用方法
- 注意再構成訓練・視覚探索訓練の効果測定
- 左側注意促進課題の難易度設定
- ADLでの危険予測・事故防止支援
- 家族・多職種チームへの説明資料として利用
報告されている事例
- BITスコア改善とADL向上の相関
- 電気刺激・視覚提示訓練との併用で改善効果
- デジタル探索課題を用いた代替訓練研究も進行中
臨床上の利点
- 行動検査により「生活行動レベルでの無視」を可視化
- 点数だけでなく行動観察が介入設計のヒントとなる
BITは「評価→介入→再評価」の循環を支える実践的検査です。
他検査との併用と相補性
BITは他の高次脳機能検査と組み合わせることで、より正確な臨床像を描けます。
| 検査名 | 主な評価領域 | 補完的関係 |
|---|---|---|
| CAT(線分抹消・模写) | 注意・探索 | BIT通常検査の精密版として併用 |
| CBS(Catherine Bergego Scale) | ADLでの無視行動 | 行動検査と補完関係にあり、一部項目で相関 |
| TMT(Trail Making Test) | 注意転換・持続 | 注意の柔軟性評価として補完的 |
| MMSE・BIT併用 | 認知全般+無視 | 背景認知の影響を確認可能 |
| Rivermead ADL・Barthel Index | 生活動作 | 行動検査との臨床的関連を分析 |
BITは単独での診断に加え、複数検査の組み合わせで多面的評価を行うのが理想的です。
デジタル・ICT化の最新動向
BITは紙筆形式が標準ですが、近年はICT技術による評価・訓練への応用が広がっています。
最新の研究・開発例
- タブレット版USN評価:視線追跡機能付きで探索パターンを自動解析
- VR(仮想現実)環境:3D空間での注意分布や反応遅延をリアルタイム評価
- AI採点・分析:描画や反応時間を自動解析し、客観的データを蓄積
ICT化の利点
- 再現性が高く、経時変化を定量的に把握
- データ共有や遠隔評価が可能
- トレーニングツールへの応用が容易
留意点
- 現在の公式BITは紙筆形式が基本
- デジタル化は研究段階であり、臨床利用時は再現性の検証が必要
BITはICT・AIとの融合により、「定量的で個別化された注意評価ツール」へ進化しつつあります。