アルツハイマー病などの認知症リハビリにおいて、患者の認知機能をどのように客観的に評価し、進行や治療効果を追跡するかは重要な課題です。
その中心的ツールが「ADAS-Cog(Alzheimer’s Disease Assessment Scale – Cognitive Subscale)」です。
本記事では、ADAS-Cogの基本情報・適応・実施方法・採点と解釈・標準化・活用事例・デジタル対応まで、臨床で活かせる形で詳しく解説します。
ADAS-Cogとは|アルツハイマー病の認知機能評価の基本情報
ADAS-Cog(Alzheimer’s Disease Assessment Scale-Cognitive Subscale)は、アルツハイマー病をはじめとする認知症の認知機能障害を客観的に評価する神経心理検査です。1984年にRosenらによって開発され、臨床試験や治療効果の評価において国際的に標準ツールとして使用されています。
この検査は、記憶・言語・理解・構成・注意などの認知領域を幅広く網羅しており、患者の日常生活に密接に関連する機能を多面的に測定できます。
概要ポイント
- 正式名称:Alzheimer’s Disease Assessment Scale-Cognitive Subscale(ADAS-Cog)
- 対象疾患:アルツハイマー病、軽度認知障害(MCI)など
- 実施時間:約30~45分
- 採点範囲:0〜70点(点数が高いほど障害が重い)
- 構成項目:11項目(単語再生、命令理解、構成行為、命名、見当識など)
- 開発者:Rosen, Mohs, Davis(1984)
ADAS-Cogは、「認知機能の変化を定量化する」点で非常に信頼性が高く、薬物治療・リハビリ介入・生活支援などの効果測定に直結するスケールとして位置づけられています。
対象と適応|ADAS-Cogが有効な対象者
ADAS-Cogは、中等度までのアルツハイマー病患者を中心に適応される評価です。軽度から中等度の認知症に対して最も妥当性が高く、以下の目的で使用されます。
主な適応
- アルツハイマー病・レビー小体型認知症・血管性認知症の評価
- 治療薬(アセチルコリンエステラーゼ阻害薬など)の効果モニタリング
- 臨床研究や治療介入試験での主要評価指標
- リハビリ介入による認知機能変化の追跡
注意すべき適応範囲
- 軽度認知障害(MCI)や初期ADでは感度が低下することがあります。
- 高学歴群や文化的背景が異なる対象者ではスコアが過小評価される場合があります。
- 進行した重度認知症では天井効果・床効果が起きやすいため、MMSEやCDRとの併用が推奨されます。
適応のまとめ
| 評価目的 | 推奨度 | 代替・併用検査例 |
|---|---|---|
| アルツハイマー病の中期評価 | ★★★★★ | MMSE, CDR |
| 軽度認知障害(MCI)の早期評価 | ★★★☆☆ | MoCA-J, RBANS |
| 重度認知症の経過追跡 | ★★☆☆☆ | Severe-MMSE, CDR-SB |
実施方法|ADAS-Cogの実施手順と注意点
ADAS-Cogは、**訓練を受けた医療専門職(医師・心理士・作業療法士など)**によって標準化手順に従って実施されます。
実施環境の整備
- 静かで落ち着いた個室で実施
- 検査前に疲労や不安を軽減する環境調整
- 複数回のセッションに分けることで集中力の維持を図る
主な下位検査項目(ADAS-Cog11)
| 項目 | 内容の概要 |
|---|---|
| 1. 単語再生 | 10語を3回学習し、即時再生する記憶課題 |
| 2. 命令に従う | 指示を理解し動作で再現する課題 |
| 3. 命名(物品・手指) | 指定された物品や手指名称を答える |
| 4. 構成行為 | 図形模写による構成能力評価 |
| 5. 見当識 | 時間・場所に関する見当識の確認 |
| 6. 単語再認 | 先に学習した単語の再認課題 |
| 7. 言語理解 | 聴覚的理解力の評価 |
| 8. 喚語困難 | 言語流暢性と語想起の観察 |
| 9. 自発話 | 言語表現の流暢性・構文の観察 |
| 10. 観念運動 | 日常的動作の模倣課題 |
| 11. 教示の再生 | 教示をどの程度再現できるかの確認 |
検査全体は非タイムド形式(制限時間なし)で進行し、所要時間は30〜45分程度です。
採点と解釈|スコアの見方と臨床的意味
ADAS-Cogは、各項目の誤答数や遂行困難度を基準に採点されます。スコアが高いほど障害が重度を示します。
採点方式
- 各項目は0点(誤りなし)〜最大5点程度の範囲でスコア化。
- 合計スコアは0〜70点(ADAS-Cog11)。
- 低スコア=良好な認知機能、高スコア=重度障害。
臨床的な目安(一般的傾向)
| スコア範囲 | 認知状態の目安 |
|---|---|
| 0〜10点 | ほぼ正常〜軽度障害 |
| 11〜25点 | 軽度〜中等度障害 |
| 26〜50点 | 中等度〜重度障害 |
| 51点以上 | 重度認知症 |
解釈上の注意
- 同一患者での**経時的変化(ベースライン比較)**が重要。
- 変化量4点以上が「臨床的に意味のある差(MCID)」とみなされることが多いですが、対象や重症度により変動します(Rockwood 2007)。
- 教育歴・言語背景によるバイアスを考慮して解釈する必要があります。
カットオフ値|進行度判断と治療評価の基準
ADAS-Cogには厳密な「診断用カットオフ値」は存在しません。
しかし、臨床研究の中ではMMSEとの対応関係をもとに進行度の目安が提示されています。
参考カットオフ(目安)
| ADAS-Cogスコア | おおよそのMMSE換算 | 臨床的段階 |
|---|---|---|
| 0〜10点 | MMSE 28〜30 | 正常〜軽度 |
| 11〜25点 | MMSE 20〜27 | 軽度〜中等度 |
| 26〜40点 | MMSE 10〜19 | 中等度 |
| 41点以上 | MMSE 9以下 | 重度 |
この範囲は目安であり、診断のための基準ではありません。ADAS-Cogは「経時変化の評価」を目的としたスケールであるため、一回のスコアよりも変化率を重視することが重要です。
標準化とバージョン情報|ADAS-Cogの改訂と文化適応
ADAS-Cogは多くの改訂版・翻訳版が存在します。文化・教育背景による影響を軽減するため、国際的に標準化が進められています。
主なバージョン
| バージョン名 | 特徴 |
|---|---|
| ADAS-Cog11 | オリジナル版。11項目構成、0–70点満点。 |
| ADAS-Cog12 | 「Delayed Word Recall」を追加し、感度向上。 |
| ADAS-Cog13 | 「Number Cancellation」「Maze」など実行機能課題を加えた拡張版。 |
| ADAS-Cog-Plus | IRT(項目反応理論)を導入した統計的補正モデル。 |
| 翻訳版 | 日本語、英語、フランス語、タミル語など30言語以上に文化適応済み。 |
標準化の現状
- 各国で教育歴補正や文化的適応が検討されており、日本語版も国内研究で妥当性が確認されています。
- 実施者は対象者の文化・言語に配慮した説明・指示が求められます。
臨床応用と活用事例|リハビリ現場での使い方
ADAS-Cogは、臨床試験だけでなく、認知リハビリや生活支援の効果検証にも応用可能です。
主な活用例
- 認知症リハビリの介入効果測定
- 認知機能維持プログラム(作業療法、回想法、音楽療法など)の前後比較
- 新規治療薬の有効性評価
- 長期経過観察(1年〜3年単位の変化追跡)
臨床現場でのポイント
- ADAS-Cogは短期間の変化には鈍感なため、3か月〜6か月単位の評価が適しています。
- リハビリでは、記憶課題・言語課題・構成課題の再学習過程を観察することで、学習能力や代償機構を推測可能です。
- MMSEやCDRと併用し、**多面的評価(Functional + Cognitive)**を行うと信頼性が高まります。
他検査との関連|ADAS-CogとCDR・MMSE・MoCAの違い
ADAS-Cogは他の認知症評価と併用されることが多く、それぞれに特性があります。
| 検査名 | 特徴 | ADAS-Cogとの違い |
|---|---|---|
| MMSE | 簡便・5〜10分で実施可 | 概括的スクリーニング。ADAS-Cogは詳細分析に適する。 |
| CDR-SB | 生活機能と認知を統合評価 | Wesselsら(2018)ではADAS-Cogの方が治療群差を検出しやすいと報告。 |
| MoCA | 軽度認知障害に感度高い | MCI段階ではMoCA併用が推奨。 |
| RBANS | 多領域を網羅する短縮版バッテリー | 実施時間が短く、外来で有用。 |
リハビリ領域では、ADAS-Cogを中核検査として、MMSEやMoCAでの定期的スクリーニングを併用することで経過追跡が効果的です。
デジタル・ICT対応|ADAS-Cogの電子化と今後の展開
近年、ADAS-Cogはデジタル化・自動採点化が進んでいます。
ICTを活用することで、測定誤差の削減・遠隔評価・大規模データ解析が可能になりました。
現在の主な動向
- e-ADAS-Cog:タブレットやPCで実施できる電子版。自動採点とログ分析機能を搭載。
- ADAS-Cog-IRT(Plus):AIによる項目反応理論モデルで、精度と感度を強化。
- クラウド連携:研究施設間でデータ共有を行い、臨床試験の効率化を図る。
- 音声・筆跡解析との統合:発話速度・筆圧などを定量的に評価する研究も進行中。
リハビリ現場での意義
- デジタルADAS-Cogは、遠隔モニタリング型リハビリに応用可能。
- 患者・家族の自己モニタリングや在宅フォローアップにも適しています。
- AI解析と連携することで、微細な変化を早期に検出する仕組みが期待されています。
参考文献(主要出典)
- Rosen WG, Mohs RC, Davis KL. Alzheimer’s Disease Assessment Scale: Development, reliability, and validity. Psychopharmacol Bull. 1984.
- Kueper JK et al. The Alzheimer’s Disease Assessment Scale – Cognitive Subscale (ADAS-Cog): Modifications and responsiveness. J Alzheimer’s Dis, 2018.
- Wessels A et al. Detecting Treatment Group Differences in Alzheimer’s Disease Clinical Trials. JPAD, 2018.
- Rockwood K et al. Clinically meaningful change in ADAS-Cog. Alzheimer’s & Dementia, 2007.
- Tsatali M et al. Education and ADAS-Cog performance. BMC Geriatrics, 2024.
- Podhorna J et al. Sensitivity of ADAS-Cog in MCI. Alzheimer’s Res Ther, 2016.
- Verma N et al. ADAS-Cog-IRT model and psychometric improvements. Alzheimers Dement, 2015.