対人関係に違和感があるクライアントを前に、「どう評価すればいいのか」と悩んだことはありませんか。
ACIS(コミュニケーションと交流技能評価)は、人間作業モデル(MOHO)に基づき、コミュニケーションや社会的交流スキルを定量的に可視化できる標準化ツールです。
本記事では、ACISの基本構造から採点方法、活用事例、ICT化の最新動向までを、作業療法士向けにわかりやすく解説します。
基本情報:ACISの概要と理論的背景
ACIS(エーシス)は「Assessment of Communication and Interaction Skills」の略で、日本語では「コミュニケーションと交流技能評価」と訳されます。
この評価法は、人間作業モデル(MOHO:Model of Human Occupation)に基づき開発され、対象者の社会的交流場面を観察して、そのスキルを定量的に可視化するツールです。
ACISの基本構成
- 評価目的:コミュニケーションおよび相互作用スキルを数量化して把握する。
- 開発理論:人間作業モデル(MOHO)。
- 評価方法:観察による行動分析(1対1・小集団・作業場面など)。
- 構成領域(3ドメイン):
- 身体性(Physicality)
- 情報交換(Information Exchange)
- 関係(Relations)
- 項目数:全20項目。
- 評定尺度:4段階(1〜4点) スコア 評価語(英語) 意味 4 Competent 適切・円滑に遂行できる 3 Questionable やや不明瞭・疑問が残る 2 Ineffective 不十分で交流に支障あり 1 Deficit 著しい障害や支援が必要
このようにACISは、観察によって「相手との関係構築力」「適応的な表現」「社会的な身体動作」を多角的に分析できる、作業療法に特化した標準化評価です。
対象と適応:どのようなクライアントに使うか
ACISは、コミュニケーションや社会的交流に困難を抱えるクライアント全般を対象とします。
具体的には以下のような疾患や状態で有効です。
主な適応対象
- 精神障害(統合失調症、うつ病、双極性障害など)
- 発達障害(自閉スペクトラム症、注意欠如多動症など)
- 知的障害
- 高次脳機能障害(脳外傷・脳血管障害後の社会的行動障害など)
- 認知症初期の社会的交流低下 など
ACISは、対人関係スキルを「主観的印象ではなく観察によって定量化」するため、対人援助職間での共有・比較にも適しています。
注意点
- 一般的に成人を主な対象としますが、児童発達支援領域やASD児の研究にも応用事例があります。
- 言語表出が少ない場合でも、身体的・非言語的行動を観察項目として捉えられます。
- 評価は訓練場面、グループ活動、ゲーム、会話、作業課題など多様な文脈で行えます。
ACISは、「他者との関わりにおける違和感や困難」を構造化して理解できるツールであり、対人関係介入や社会参加支援を計画する際の重要な手がかりになります。
実施方法:観察環境と評価手順
ACISは観察型の評価法です。面接や質問紙ではなく、自然な社会的場面を設定し、その中でクライアントの行動を観察します。
実施手順
- 観察場面の設定
- 対話、共同作業、グループ活動など「意味のある社会的交流」を伴う場面を設定します。
- 一般的な観察時間は15〜45分程度。
- 観察中の記録
- 行動観察記録表に、20項目の各スキルに該当する行動をメモします。
- 非言語的(視線・姿勢など)と、言語的(発言・声の調子など)の両方を注視します。
- 評価・スコアリング
- 各項目を4段階(1〜4点)で評定。
- 評定には15〜20分程度を要します。
観察ドメイン例
- 身体性(6項目):視線、姿勢、接触、身体方向、距離調整、ジェスチャーなど。
- 情報交換(9項目):発音、主張、質問、感情表出、声の抑揚、発話の持続など。
- 関係(5項目):協調、ルール遵守、焦点化、関係づくり、尊重など。
評価はラポールが築ける環境で実施し、ビデオ撮影や共同観察による信頼性向上も推奨されています。
採点と解釈:スコアの読み取り方
ACISは4段階(1〜4点)のスコアリングにより、各項目を評価します。
その合計点から、全体の交流能力やドメインごとの特徴を読み取ります。
| スコア | 解釈 | 行動例 |
|---|---|---|
| 4点(Competent) | 行動が適切で円滑。交流を促進する | 適度な距離・自然な視線・発話が明瞭など |
| 3点(Questionable) | 軽度の不自然さ。改善余地あり | 声の抑揚が単調、視線が短いなど |
| 2点(Ineffective) | 不十分。交流が妨げられる | 無言、視線を避ける、発話が曖昧など |
| 1点(Deficit) | 著しい障害。支援が必要 | 攻撃的・拒絶的行動、場を崩壊させるなど |
評価の活用方法
- 各ドメイン別に強み・弱みを整理。
- 点数の変化を介入前後で比較し、社会的スキルの改善を可視化。
- 「身体性が低いが情報交換は良好」など、個人特性を多面的に分析。
カットオフ値:臨床判断の目安
ACISには公式なカットオフ値(基準点)は存在しません。
これは疾患横断的に用いる観察尺度であるため、得点よりも行動の質的特徴を重視します。
解釈のポイント
- 総得点(20〜80点)は能力水準の大まかな目安となる。
- ドメイン別平均を算出すると、より具体的な改善指標が得られる。
- 3点未満の項目は、日常的な交流に困難が生じる可能性があるため、リハビリ計画で重点化する。
臨床では「ACIS単独」ではなく、他の社会認知・行動評価と組み合わせて用いることが多いです。
標準化とバージョン情報
ACISは1999年にKielhofnerらによって開発され、以後、各国語版が作成されています。
主な標準化情報
- 原版:Kielhofner, Forsyth, Baron, et al., 1999(英語版)
- 信頼性・妥当性:Rasch分析により統計的妥当性を確認済み。
- 多言語版:スウェーデン語・オランダ語・中国語・ノルウェー語などで翻訳・検証あり。
- 日本語版:正式出版物は限定的だが、学術機関や研究会で使用実績あり。
ACISは国際的にもMOHOの代表的ツールの一つとして認識され、継続的にバージョン更新・研修が行われています。
臨床応用と活用事例
ACISは、作業療法士が社会的スキルや対人行動の変化を客観的に追跡するための有力な手段です。
応用事例
- 精神科デイケアでの「集団活動中の交流分析」
- 発達障害児の「ソーシャルスキルトレーニング効果測定」
- 高次脳機能障害者の「就労準備性評価」
- 認知症早期介入での「非言語的交流の保持評価」
ACISで観察された行動をもとに、「環境調整」や「社会参加プログラム設計」につなげることができます。
また、評価の過程自体が「自己理解・気づき」の促進になることもあります。
他検査との関連:社会スキル評価との併用
ACISは観察ベースの評価であり、他の自己記入式評価や面接法と組み合わせることで精度が高まります。
併用されやすい検査
- OSA-II(自己評価版):本人の主観との整合性を比較。
- SRS-2(社会応答性尺度):ASD領域との併用。
- SST観察尺度・社会的行動検査(CBASなど):行動療法的分析とのリンク。
- FIMやAMPS:ADL・作業遂行能力との統合的理解に有効。
このように、ACISは「社会的交流能力」を他の機能評価の中で中核的スキル指標として位置づけることが可能です。
デジタル・ICT対応:今後の展開
近年、ACISの観察・記録をデジタル化する試みが進んでいます。
具体的な取り組み
- タブレット入力シート:スコアリングとコメントを即時保存。
- 動画記録+AI解析:視線・発話・ジェスチャーの自動抽出(研究段階)。
- 遠隔観察評価(Tele-ACIS):オンライン面接・リモート作業活動での評価。
ICT化により、データの客観性と共有性が向上し、多職種チームでの評価共有が容易になります。
今後はAIによる行動特徴抽出や、MOHOデータベースとの統合も期待されています。
参考文献
- Kielhofner, G., Forsyth, K., et al. Assessment of Communication and Interaction Skills (ACIS) Manual, 1999.
- Forsyth, K., Salamy, M., & Kielhofner, G. Validation of the ACIS using Rasch analysis, AJOT, 2004.
- 『キールホフナーの人間作業モデル 理論と応用』(協同医書出版)
- 『事例でわかる 人間作業モデル』(協同医書出版)