遂行機能の評価といえば、TMT(Trail Making Test)やWCST(ウィスコンシン・カード分類検査)などの認知課題がよく知られています。
しかし、これらの検査だけでは、日常生活における「段取り」「自己修正」「柔軟な対応」といった実際の遂行力を十分に捉えられないことがあります。
このような課題を補うために開発されたのが、BADS(Behavioral Assessment of the Dysexecutive Syndrome:遂行機能障害症候群の行動評価)です。
BADSは、英国のWilsonらによって1996年に発表された検査で、日常生活を模した行動課題を通して、前頭葉機能や遂行能力を多角的に評価できる点が特徴です。
日本版は2003年に新興医学出版社から刊行され、監訳は鹿島晴雄、訳者は三村將・田渕肇・森山泰・加藤元一郎らが担当しています。
本記事では、BADSを臨床で活用したい作業療法士や神経心理士に向けて、次の内容をわかりやすく整理します。
- BADSの基本構成と6つの下位検査
- 採点と標準化の概要
- 臨床での活用例と注意点
- 他の神経心理検査との関連
- デジタル・ICT対応の最新動向
スコアだけでなく「行動の質」から遂行機能を理解する。
その視点を持つことで、BADSは単なる検査を超え、リハビリテーションや生活支援の設計に直結する評価ツールとなります。
BADSとは何か|遂行機能を“行動”から評価する神経心理検査
BADS(Behavioral Assessment of the Dysexecutive Syndrome)は、日常生活に近い行動課題を通して、前頭葉機能を多角的に評価する検査です。
従来の机上課題では測りにくかった「現実場面での計画・実行・修正能力」を把握できる点が特徴です。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | Behavioral Assessment of the Dysexecutive Syndrome(BADS) |
| 日本版発行 | 新興医学出版社(2003年) |
| 開発者 | Wilson, Alderman, Burgess, Emslie, Evans(1996年) |
| 対象年齢 | 成人(20〜79歳) |
| 所要時間 | 約40分(臨床では45〜60分程度) |
| 構成 | 6つの下位検査+遂行機能障害質問表(DEX) |
| 標準得点 | 平均100・SD15の換算スコア |
BADSは「遂行機能のエコロジカル評価」と呼ばれ、検査場面での行動観察を重視します。
行動プロセスやエラー傾向を通して、患者の実生活での行動制御能力を可視化します。
BADSの対象と適応|どんな患者・場面で使えるのか
BADSは、前頭葉損傷や高次脳機能障害、頭部外傷後の行動変化などに対して実用的な評価を提供します。
「できるのにうまくやれない」「行動がちぐはぐになる」といった症例で特に有効です。
主な適応対象
| 対象群 | 特徴・評価目的 |
|---|---|
| 脳血管障害(脳梗塞・脳出血) | 計画性・柔軟性の低下を把握 |
| 頭部外傷(TBI) | 衝動抑制・自己モニタリングの評価 |
| 高次脳機能障害 | 遂行機能全般の構造的評価 |
| 前頭側頭型認知症 | 社会的判断力や行動の変化を観察 |
| 精神疾患(統合失調症・うつ病など) | 動機づけや課題遂行の様式を評価 |
使用シーンの例
- 退院判定やIADL自立評価
- 就労支援や社会復帰判定
- 家族教育・支援方針立案
- 高次脳機能リハビリの効果測定
BADSは、WAISやFABなどの認知検査では見落としがちな「行動の質」を評価できるため、作業療法士にとって重要な指標となります。
BADSの実施方法|6つの下位検査と観察ポイント
日本版BADSは6つの行動課題と質問紙(DEX)で構成されます。
各課題は日常生活の意思決定や問題解決を模した内容で、柔軟性・抑制・計画性・自己修正能力を総合的に評価します。
| 検査名 | 内容 | 評価ポイント |
|---|---|---|
| 規則変換カード検査 | ルール変更への対応 | 認知的柔軟性 |
| 行為計画検査(Action Programme) | 手順立案と道具使用 | 計画性と予測力 |
| 鍵探し検査 | 探索戦略の効率性 | 注意分配と構成力 |
| 時間判断検査 | 時間見積もり | 自己モニタリング能力 |
| 動物園地図検査 | 順路計画 | 抑制と順序性 |
| 修正6要素検査 | 複数課題の同時遂行 | マルチタスク能力 |
| DEX(質問紙) | 行動面の遂行障害を本人・家族が評価 | 自己認識・行動特性 |
実施上のポイント
- 静かな環境で1対1実施
- 所要時間は40〜60分
- 検査者の助言は最小限
- エラーの種類や修正行動を観察・記録
BADSは「点数よりもプロセス」を重視する検査です。
遂行中の行動観察こそが、臨床的な洞察を与えてくれます。
採点と解釈|点数だけでなく行動の質を読む
BADSの各課題は0〜4点で採点され、合計得点(0〜24点)を標準得点(平均100、SD15)に換算します。
年齢に応じた補正を行い、臨床的なカテゴリーに基づいて解釈します。
標準得点と評価区分の目安
| 標準得点 | 区分 |
|---|---|
| 0〜11 | Impaired(障害あり) |
| 12〜13 | Borderline(境界域) |
| 14〜15 | Low Average(やや低い) |
| 16〜20 | Average(平均) |
| 21〜22 | High Average(やや高い) |
| 23〜24 | Superior(非常に良好) |
解釈のポイント
- 計画性:手順の立て方や先読み
- 柔軟性:変更指示への対応
- 抑制:ルール逸脱の頻度
- 自己監視:ミスへの気づきと修正
BADSでは「何点取れたか」よりも「どのように課題を遂行したか」を重視します。
この行動分析が、リハビリ介入の方向性を決定する鍵になります。
BADSの標準化と日本版の特徴
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 標準化対象 | 成人(20〜79歳)日本人 |
| 標準化年 | 2003年 |
| 出版社 | 新興医学出版社 |
| 監訳 | 鹿島晴雄 |
| 翻訳 | 三村將・田渕肇・森山泰・加藤元一郎 |
| 採点 | 年齢補正・標準得点換算表あり |
| 派生版 | BADS-C(児童版:8〜16歳対象) |
日本版BADSは、文化や言語の違いに配慮して内容が調整されています。
BADS-C(児童版)は発達障害やADHDなどの評価にも用いられ、発達段階に応じた遂行機能の測定が可能です。
BADSの臨床応用|作業療法・リハビリでの活用実例
BADSは、単なる検査にとどまらず、リハビリ計画や社会復帰支援の設計に活用できます。
臨床での活用事例
- 高次脳機能障害者の社会復帰・就労支援
- 退院時カンファレンスでの生活自立判定
- 家族教育や行動理解ツールとしての説明資料
- 認知リハビリの効果測定と再評価
作業療法士の実践ポイント
- 動物園課題を応用した計画立案訓練
- エラー傾向をIADL評価に統合
- 「評価→訓練→再評価」の循環モデル
- 自己モニタリング訓練の基盤として利用
BADSは、行動変容や自己認識を促す「評価と介入の橋渡しツール」として高く評価されています。
他検査との関連|BADSと併用すると効果的な検査一覧
BADSは、他の神経心理検査と組み合わせることで、より立体的な遂行機能評価が可能です。
| 検査名 | 関連領域 | 補完関係 |
|---|---|---|
| WCST | 認知的柔軟性 | 柔軟性評価との高い関連 |
| TMT | 注意・切替 | 時間判断課題との補完 |
| FAB | 前頭葉機能全般 | スクリーニングとして併用 |
| WAIS-IV(作動記憶) | ワーキングメモリ | 遂行課題との関連分析 |
| IADL尺度 | 実生活行動 | 結果の行動翻訳に有用 |
BADSは「認知の結果」と「行動の実態」をつなぐ検査として、包括的評価の中核を担います。
BADSのデジタル化とICT対応の現状
成人版BADSは、現時点でQ-global(Pearson社のオンライン採点プラットフォーム)上で正式に提供されているという一次情報はありません。
ただし、児童版のBADS-Cでは一部地域でデジタル資材(print & digital)が提供されています。
現状の動向
- 日本では紙媒体が主流
- デジタル採点や行動ログ分析の研究が進行中
- タブレット実施などの実験的導入が進む
今後の展望
- 行動データを活用したAI分析
- VR課題(VMET:Virtual Multiple Errands Test)などとの連携
- 電子カルテ・遠隔リハビリとの統合化
BADSは、今後のICT化により「紙の検査」から「行動データ解析型リハビリ評価」へと進化していくことが期待されています。
(本記事は2025年時点の情報をもとに作成しています。引用・活用時は最新版の文献や出版社情報をご確認ください。)