バレー徴候(Barré Sign)とは?上肢・下肢麻痺を早期に発見する神経学的検査|作業療法・リハビリでの評価法

バレー徴候(Barré Sign)は、脳梗塞や脳出血などによる軽度の上下肢麻痺を早期に発見する神経学的検査です。
上肢ではプリネータードリフト、下肢では腹臥位での保持試験として実施され、錐体路障害(上位運動ニューロン障害)のスクリーニングに有効です。
本記事では、リハビリセラピストが臨床で活用できるよう、検査の手順・判定・臨床応用・ICT化の動向まで詳しく解説します。



基本情報|バレー徴候とは?

バレー徴候(Barré Sign)は、軽度の上下肢麻痺や錐体路障害(上位運動ニューロン障害)を早期に発見するための神経学的検査です。
特に上肢における「プリネーター・ドリフト(Pronator Drift)」として世界的に知られており、日本では「上肢挙上試験」「上肢バレー試験」として臨床現場で頻繁に用いられています。

この検査の主な目的は、脳梗塞や脳出血などによる片麻痺の初期兆候を見逃さないことにあります。
非常に簡便でありながら、皮質脊髄路(錐体路)の障害を高い感度で示唆することができます。

バレー徴候には以下の2種類があります。

種類方法評価対象
上肢バレー徴候(Barre’s Arm Sign)両腕を前方に挙上し閉眼保持上肢の軽度麻痺
下肢バレー徴候(Barre’s Leg Sign)腹臥位で膝を直角に曲げ保持下肢の軽度麻痺

バレー徴候は、Jean-Alexandre Barré(1919年)が報告した下肢の検査が原型です。後に上肢版(Mingazzini試験/プリネータードリフト)が派生し、現在では総称的に「バレー徴候」と呼ばれます。



対象と適応|どんなときに行う検査か

バレー徴候は、以下のような対象や状況で実施されます。

● 対象疾患

  • 脳梗塞、脳出血などの脳血管障害
  • 多発性硬化症(MS)などの中枢性脱髄疾患
  • 脊髄損傷や頚髄症などの錐体路障害
  • 一過性脳虚血発作(TIA)の早期スクリーニング

● 評価目的

  • 上下肢の**軽度麻痺(特に片麻痺)**の早期発見
  • **上位運動ニューロン障害(UMN signs)**の確認
  • 急性期脳卒中の神経学的スクリーニング

● 注意点

  • 単独で診断を確定するものではなく、他の神経学的検査(腱反射、徒手筋力テストなど)と併用して総合判断します。
  • 陽性であっても、**末梢神経障害(例:尺骨神経麻痺)**による動きと鑑別が必要です。

臨床では「FAST(Face, Arm, Speech, Time)」や「BE-FAST」などの脳卒中早期発見法と併せて評価されることもあります。



実施方法|上肢・下肢バレー徴候のやり方

上肢バレー徴候(Barre’s Arm Sign)

手順:

  1. 患者を座位または立位にします。
  2. 両上肢を前方に水平に挙げ、**手掌を上向き(回外)**にします。
  3. 患者に目を閉じて20〜30秒間保持させます。
  4. 医療者は、上肢の動きを観察します。

陽性所見:

  • 麻痺側の上肢がゆっくり下降または**手掌が内側に回転(回内)**する。
  • 時に**小指が外側へ離れる(第5指徴候/finger escape sign)**が見られることがあります。

※この「第5指徴候」は錐体路障害でみられることがありますが、**尺骨神経障害(Wartenberg徴候)**など末梢性のものと区別する必要があります。


下肢バレー徴候(Barre’s Leg Sign)

手順:

  1. 患者を腹臥位にします。
  2. 両膝を直角(約90°)に曲げて保持してもらいます。
  3. 麻痺側が自然に下がる・落下するかどうかを観察します。

陽性所見:

  • 麻痺側の下肢が保持できずに下降・落下する。
  • 時に一旦下がって戻る「揺れ」や「保持困難」が見られることもあります。

この現象は、下肢では伸筋の緊張が優位になり、屈筋が相対的に弱くなるために起こると考えられています。



採点と解釈|陽性・陰性の見分け方

● 陽性(Positive)

  • 上肢:患側の手が回内+下降。小指離開を伴うこともある。
  • 下肢:患側下肢が保持不能で下降または落下
  • 原因:錐体路障害(上位運動ニューロン障害)による筋緊張の不均衡。

● 陰性(Negative)

  • 姿勢保持が左右対称で安定している。
  • 回内や下降などの偏りが見られない。
  • 神経学的障害がないか、軽度である可能性。

陽性が確認された場合は、脳卒中や多発性硬化症などの中枢性病変を強く疑い、画像検査(CT・MRI)や他の神経学的評価を早急に行う必要があります。



カットオフ値|保持時間と評価基準の目安

バレー徴候に明確な「数値的カットオフ」は存在しません。
しかし臨床的には以下が目安となります。

評価項目正常軽度異常(疑陽性)明確な陽性
上肢保持時間20秒以上安定保持徐々に下垂(10〜20秒で明らか)10秒以内に下降/回内
下肢保持時間約30秒安定保持わずかに下降10〜20秒以内に明らかに下降・落下

※個人差や体力・筋緊張にも影響を受けるため、複数回の観察と他検査との比較が重要です。



標準化とバージョン情報

  • 原法(Barré, 1919):下肢を対象とした腹臥位保持テスト。
  • Mingazzini試験(1920):上肢・下肢を仰臥位で評価する派生法。
  • 現行版(上肢プリネータードリフト):立位/座位で両上肢挙上・閉眼保持。

日本神経学会「神経学的検査チャート作成の手引き」でも、上肢バレー徴候・下肢バレー徴候・Mingazzini試験の3種を併記しています。

また、日本国内では「上肢挙上試験」「プリネータードリフト試験」として教育・臨床で広く普及しています。



臨床応用と活用事例

バレー徴候は、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士が行う神経学的初期評価の重要な一部として活用されています。
以下のような臨床的意義があります。

● 臨床での活用例

  • 脳卒中の初期スクリーニング(FASTと併用)
  • 高次脳機能障害リハビリ前の軽度運動麻痺の確認
  • 神経再教育(Neurofacilitation)プログラムでの経時的変化の追跡
  • 他覚的データが少ない症例における簡便なベッドサイド評価

● 注意点

  • 陽性所見=中枢障害を強く示唆しますが、末梢神経障害・筋疾患との鑑別が必要。
  • 回内・下降の速度や対称性を観察する際には患者の努力・理解度・疲労なども影響します。


他検査との関連|神経学的評価との組み合わせ

関連検査評価領域組み合わせの意義
徒手筋力テスト(MMT)筋力低下の定量評価バレー徴候で陽性なら詳細筋力評価へ
腱反射(深部反射)上位運動ニューロン障害反射亢進+バレー陽性=錐体路障害示唆
Babinski反射病的反射バレー徴候陽性と同時出現することが多い
TMT・FABなど実行機能高次機能障害の背景理解に有用

これらの検査を組み合わせることで、中枢性麻痺の早期同定と病変局在の推定が可能になります。



デジタル・ICT対応|AIやリハビリ支援での活用

近年は、動画解析やAIを用いた上肢ドリフトの自動検出も研究されています。
タブレットやスマートフォンのカメラを活用し、上肢の微細な下降角度や速度を数値化する試みも始まっています。

● 代表的な取り組み

  • AIによる上肢ドリフト検出アプリ(医療機関・大学で研究段階)
  • リハビリ用モーション解析ソフトとの連携で、経時的評価を自動記録
  • **遠隔リハビリ(テレリハ)**での片麻痺進行モニタリングに応用

現状では公式な標準ソフトは存在しませんが、ICT技術による定量化と客観評価の導入が今後の方向性といえます。



まとめ

バレー徴候は、シンプルながら非常に臨床的価値が高い神経学的検査です。
上肢・下肢ともに軽度麻痺を早期に検出できるため、脳卒中リハビリの初期評価に欠かせないスクリーニングツールとして位置づけられています。
特に作業療法士・理学療法士にとって、神経学的理解と観察技術の両立が求められる検査です。


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