注意障害の評価において、机上検査だけでは見えにくい「実際の行動上の注意の乱れ」をどう捉えるかは、臨床上の大きな課題です。
BAAD(Behavioral Assessment of Attentional Disturbance)は、脳損傷後の注意障害を作業療法士が実際の訓練場面で観察・点数化する評価法として開発されました。
本記事では、BAADの構成、評価方法、採点の考え方、臨床での活用ポイントをわかりやすく解説します。
基本情報|BAADの概要と特徴
BAAD(Behavioral Assessment of Attentional Disturbance)は、脳損傷後の注意障害を行動観察によって評価するための尺度です。
作業療法士などの臨床家が訓練場面で観察を行い、注意機能低下に関連する問題行動を6つの項目でスコア化します。
主な特徴は以下の通りです。
- 評価者:主に作業療法士(OT)
- 評価方法:訓練中の行動観察による定性的・定量的評価
- 評価対象:脳損傷後の注意障害(特に前頭葉損傷や右半球損傷など)
- 評価項目数:6項目(各0〜3点)
- 合計点:0〜18点(高得点ほど重症)
このスケールは、従来の神経心理検査のような机上課題では捉えにくい「実際の作業遂行時の注意の乱れ」を明らかにできる点が特徴です。
対象と適応|脳損傷後の注意障害に幅広く対応
BAADは、主に脳卒中、外傷性脳損傷、低酸素脳症などの高次脳機能障害を呈する成人を対象とします。
特に以下のようなケースで適応があります。
- 作業課題中にぼんやりしている、あるいは集中が続かない
- 指示をすぐ忘れる、同じミスを繰り返す
- 安全確認を怠り危険な行動に出る
- 動作スピードが著しく遅い、または多動傾向がある
このような注意機能の低下に基づく行動異常を、臨床家が定期的に観察・スコア化することで、治療経過の客観的モニタリングが可能になります。
また、在宅生活を送る患者に対しては、家族による観察評価(Family Version)も検討されており、研究では作業療法士との一致率ICC=0.89と高い信頼性が報告されています。
実施方法|6つの観察項目をチェックリストで評価
BAADは6つの問題行動について観察し、頻度に応じて0〜3点を付けます。
評価は訓練場面などの自然な行動観察を通して行います。
観察項目一覧
| No | 項目 | 行動例 |
|---|---|---|
| 1 | 活気がなく、ぼーっとしている | 無反応・発動性低下 |
| 2 | 多動で落ち着きがない | じっとしていられず動き回る |
| 3 | 注意が逸れる | 他の刺激に気を取られる |
| 4 | 動作が遅い | 反応・遂行速度の低下 |
| 5 | 同じ誤りを繰り返す | 指摘後も修正できない |
| 6 | 安全配慮が欠如している | 危険行為を認識せず実行する |
評価手順
- 評価者(OT)が訓練場面を観察
- 上記6項目それぞれについて頻度を判断
- 評点を記録し、合計点を算出
観察時間の目安は、通常のOTセッション(20〜40分)で十分です。
採点と解釈|0〜18点で重症度を判定
各項目は以下の4段階で評定します。
| 評価点 | 頻度の目安 | 解釈 |
|---|---|---|
| 0点 | 全くみられない | 正常または軽度 |
| 1点 | 時にみられる(1/2未満) | 軽度の注意低下 |
| 2点 | しばしばみられる(1/2以上) | 中等度障害 |
| 3点 | いつもみられる(毎回) | 重度障害 |
合計点は 0〜18点 で、高いほど注意障害が重度であると判断します。
特に8点以上では、持続的注意や覚醒レベルの低下が明らかであり、作業の安全性にも影響を与える可能性が高くなります。
カットオフ値|臨床的判断基準の目安
BAADはスクリーニングよりも経過観察や重症度判定に用いられることが多く、厳密なカットオフ値は設定されていません。
ただし、研究報告や臨床実践では以下のような目安が用いられています。
- 0〜5点:注意障害は軽度またはほぼなし
- 6〜11点:中等度の注意障害
- 12点以上:重度の注意障害・覚醒レベル低下を伴う
また、評価の推移(点数の減少)が改善の指標となるため、経時的評価が重要です。
標準化とバージョン情報|日本語版・家族版の整備
BAADは、国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所(岸本泰士ら)によって開発されました。
開発当初の研究(岸本ら, 2000年代初期)では、因子分析の結果から以下の3因子が抽出されています。
- 覚醒・発動性(Arousal/Initiation)
- 持続的注意(Sustained Attention)
- 選択的注意(Selective Attention)
各因子に2項目ずつ対応し、最終的に6項目構成となっています。
また、家族評価版(Family BAAD)も作成され、家庭内での注意行動を家族が記録できる形で標準化が進められています。
信頼性はCronbach’s α=0.81、再現性ICC=0.89と報告されており、信頼性の高いツールといえます。
臨床応用と活用事例|治療評価と家族教育に有用
BAADは臨床場面で多面的に活用できます。
臨床での主な活用法
- 訓練時の注意障害モニタリング
→ 改善経過を客観的に追跡可能。 - 作業遂行中の安全確認支援
→ 安全行動や環境認識の評価に活用。 - 家族指導・教育
→ 家族に「注意障害による行動特徴」を理解してもらう教材として利用。 - 多職種連携の情報共有
→ 看護師・ST・心理士などとの共通言語として用いやすい。
実際にBAADは、注意訓練(APT)や覚醒促進プログラムの効果判定指標として多くのリハビリ現場で導入されています。
他検査との関連|神経心理検査との補完関係
BAADは、他の神経心理検査(例:TMT、CPT、PASATなど)とは異なり、実際の作業遂行行動を観察的に捉える点が特徴です。
相関研究では以下のような関連が示されています。
- TMT(Trail Making Test):BAAD総得点と有意な正の相関(r=0.56前後)
- WAIS-Ⅲ 注意関連下位項目:選択的注意因子との関連
- APT(Attention Process Training):訓練前後でBAAD点数が有意に低下
このように、机上検査の結果を実生活の行動で裏づけるための臨床的ブリッジツールとして位置づけられています。
デジタル・ICT対応|動画解析・遠隔観察への応用
BAADは本来アナログな観察評価ですが、近年は以下のようなICT活用の試みも進んでいます。
- 動画撮影+AI解析による注意行動スコアリングの自動化
- タブレット入力シートを用いた即時スコア算出
- 遠隔リハビリ支援における家族版BAADのオンライン実施
- ウェアラブルセンサーとの統合評価(視線・頭部運動など)
今後、行動観察型評価とAI技術の融合により、「リアルタイム注意評価」としてのBAADの可能性が拡がっています。
参考文献
- 岸本泰士ほか.高次脳機能障害とリハビリテーション 第四巻~注意障害の評価と治療~.医学書院.
- 作業療法学概論 第4版.標準作業療法学 専門分野.医学書院.
- Kishimoto, Y., et al. (2005). Behavioral Assessment of Attentional Disturbance: Development and Clinical Application. Japanese Journal of Occupational Therapy, 24(3): 207–215.
- 岸本泰士ほか.家庭における注意障害行動評価(Family BAAD)の開発.リハビリテーション医学.