CDR(Clinical Dementia Rating)は、家族や介護者への聴取をもとに認知症の重症度を段階的に評価できる国際的な基準です。
本人への直接検査が難しいケースでも、日常生活での変化を客観的に捉えることができるため、作業療法士や理学療法士などのリハビリ専門職にも活用されています。
この記事では、CDRの基本構造・評価項目・採点基準・カットオフ値・臨床応用例・デジタル対応までを網羅的に解説します。
「MMSEでは測りきれない生活機能の変化をどう捉えるか?」という臨床疑問に応える実践的な内容です。
基本情報:CDR(Clinical Dementia Rating)とは
CDRは、認知症の重症度を0〜3の5段階で評価する国際的な基準です。
評価は「患者本人」と「日常生活をよく知る家族や介護者」への半構造化面接により行われます。
以下の6領域に基づき、生活上の自立度や社会機能の低下を総合的に判断します。
評価領域(6ドメイン)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 記憶(Memory) | 新しい情報の保持・想起能力 |
| 見当識(Orientation) | 時間・場所・人物の認識 |
| 判断力と問題解決(Judgment & Problem Solving) | 日常的判断や問題解決の適切さ |
| 社会適応(Community Affairs) | 社会活動・金銭管理・仕事などの遂行 |
| 家庭生活と趣味(Home & Hobbies) | 家庭内の役割・趣味関心の維持 |
| セルフケア(Personal Care) | 衣服・清潔・食事・排泄の自立度 |
CDRは、アルツハイマー病研究センター(Washington University, Knight ADRC)で開発され、世界各国で臨床研究・治験の標準指標として使用されています。
対象と適応:CDRが有効なクライアント像
CDRは、認知症の疑いがある成人・高齢者に幅広く適応できます。
とくに以下のような状況で有効です。
- 言語理解や表出の障害があり、直接テストが困難な場合
- 意欲低下・拒否傾向などで神経心理検査を受けられない場合
- 家族・介護者が日常の変化を把握している場合
- 自動車運転の継続可否や介護度判定の補助としての評価
メリット
- 介護者聴取中心で実施できるため、失語や意識低下例にも対応可能。
- 臨床判断を重視するため、実際の生活像に即した評価が可能。
留意点
- 面接項目が多く、施行に45〜60分程度を要します。
- 家族の観察が限定的な場合、情報の偏りが生じる可能性があります。
- 言語的評価ではなく、日常生活の機能低下を中心に捉える点を明確にしましょう。
実施方法:評価の流れと面接ポイント
CDRの実施は、半構造化面接形式で行います。
評価者は医師・作業療法士・心理士など訓練を受けた専門職が担当します。
実施の流れ
- 家族・介護者への面接
- 各領域に沿って日常生活の様子を具体的に聴取。
- 「できる/できない」よりも「以前よりどの程度変化したか」を重視。
- 本人への観察・簡易質問
- 可能な範囲で本人にも質問を行い、行動観察を記録。
- 臨床判断の統合
- 家族情報・本人観察・臨床経験を統合してスコアを決定。
面接のコツ
- 各質問に対して具体的なエピソードを求める。
- 介護負担や情緒的判断ではなく能力の低下度に焦点を当てる。
- 迷う場合は中間評価を避け、最も適切なランクを1つ選ぶ。
採点と解釈:重症度分類の見方
CDRの評価は6領域を個別採点し、**グローバルCDR(総合重症度)**を算出します。
各領域は0〜3点で評価します。
| CDRスコア | 重症度 | 概要 |
|---|---|---|
| 0 | 健常 | 記憶・判断に障害なし |
| 0.5 | ごく軽度障害(疑い) | 軽微な記憶障害・社会的影響は軽度 |
| 1 | 軽度認知症 | 日常生活に支障あり・仕事や趣味に制限 |
| 2 | 中等度認知症 | 家庭外活動が困難・日常生活に介助必要 |
| 3 | 高度認知症 | 全面的介助が必要・見当識ほぼ喪失 |
採点の基本ルール
- 判断基準は認知機能の低下に限定。身体障害は考慮しません。
- 「記憶」が主要カテゴリーであり、他の項目は二次的に参照します。
- 複数項目が異なる場合、全体的な印象と臨床判断を優先します。
MMSEとの対応目安
- CDR 0.5 ≒ MMSE 24〜26
- CDR 1 ≒ MMSE 20〜23
- CDR 2 ≒ MMSE 10〜19
カットオフ値:運転や介護判断での基準
CDRは臨床だけでなく、自動車運転の可否判断にも参考にされます。
アメリカ神経学会(AAN)のガイドラインでは次のように述べられています。
- CDR2以上:運転中止を強く勧告すべき
- CDR1以下:安全の保証ではなく、同乗者・家族の指摘を重視
日本では、各都道府県公安委員会提出用の診断書に**「所見記載欄」**があり、医師判断としてCDRを明記することが可能です(ただしCDR専用欄は設けられていません)。
また、介護認定や支援方針決定においても、CDRは日常生活自立度を補足する資料として有用です。
標準化とバージョン情報
CDRは国際的に統一されたスコアリング基準を持ち、日本語版も整備されています。
主なバージョン
| 名称 | 特徴 |
|---|---|
| CDR(原版) | 6領域×5段階の基本版。研究・臨床で最も多用。 |
| CDR-SB(Sum of Boxes) | 各領域スコアの合計(0〜18点)で重症度をより定量的に算出。 |
| CDR-J(日本語版) | 翻訳と文化適応を行った日本語版(信頼性検証済み)。 |
信頼性と妥当性
- 内的一貫性(Cronbach’s α=0.83〜0.94)
- MMSE・ADAS-Cogなどとの高い相関性
- 研究・治験・在宅支援など幅広い文脈で使用実績あり
臨床応用と活用事例
CDRは、臨床現場で多様な目的に活用されています。
① 評価とモニタリング
- 認知症初期の重症度判定
- 薬物療法や非薬物療法の経過追跡(CDR-SBでスコア変化を可視化)
② チームカンファレンス
- 医師・OT・PT・看護師間の共通指標として用いやすい。
- 家族説明・支援計画立案の共通言語となる。
③ 研究・教育
- 臨床研究や治験における主要アウトカム指標。
- 教育現場でのケーススタディ教材としても利用可能。
④ 在宅・介護分野
- ケアマネジャーとの情報共有に活用。
- 認知症カフェや地域リハ活動での機能低下把握にも有用。
他検査との関連
CDRは他の認知機能検査と高い相関を示します。
複数のツールと併用することで、より多角的な評価が可能です。
| 検査名 | 関連性・補完関係 |
|---|---|
| MMSE | 総合的な認知機能との相関が高い。CDRのスクリーニングに併用。 |
| HDS-R | 日本で一般的な認知症スクリーニング。CDRより短時間で施行可。 |
| FAB | 前頭葉機能との関連を補足。遂行機能低下の把握に有効。 |
| IADL評価(Lawtonなど) | 社会適応や家庭生活領域をより具体的に評価。 |
CDR単独では病型診断はできませんが、生活機能低下を中心に把握できる点で、他検査との補完関係が明確です。
デジタル・ICT対応
CDRの評価は近年、デジタル化が進んでいます。
1. 電子版CDR(e-CDR)
- タブレットやPC上で面接データを入力・自動採点。
- オンライン面接(Zoomなど)で実施可能な形式も登場。
2. データベース連携
- NACC(National Alzheimer’s Coordinating Center)による国際データベースが整備。
- 研究機関間でスコア共有・縦断分析が可能。
3. AI解析・自然言語処理
- 面接記録や発話内容を自動解析し、CDRスコアを予測する研究が進行中。
- 介護者アプリとの連携により、日常の変化をリアルタイム記録する試みもあります。
まとめ
CDRは、認知症の重症度を“生活の変化”から多角的に捉える信頼性の高い指標です。
セラピストが介護者面接を通じて得た情報を整理・活用することで、臨床判断の精度を高め、より適切な介入・支援へつなげることができます。