認知症の早期発見に欠かせない検査のひとつが、HDS-R(改訂長谷川式簡易知能評価スケール)です。日本語で開発されたこの検査は、文化や言語の影響を受けにくく、短時間で高齢者の認知機能を評価できます。
本記事では、HDS-Rの基本情報、対象と適応、実施手順、採点基準、標準化情報、臨床応用、他検査との関連、そしてデジタル化の動向までをわかりやすく解説します。
基本情報:HDS-Rの概要と特徴
HDS-R(Revised Hasegawa’s Dementia Scale)は、1974年に長谷川和夫らが開発した「長谷川式簡易知能評価スケール(HDS)」を1991年に改訂したものです。日本人高齢者の文化的背景に合わせて設計されており、MMSEと並ぶ代表的な認知症スクリーニング検査です。
主な概要
- 正式名称:改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)
- 開発者:長谷川和夫ほか(1991年改訂)
- 目的:高齢者の認知機能低下のスクリーニング
- 実施形式:口頭による面接法
- 所要時間:およそ5〜10分
- 得点範囲:0〜30点(高得点ほど認知機能が保たれている)
構成される9項目
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 1 | 年齢 |
| 2 | 日付(時間の見当識) |
| 3 | 場所(場所の見当識) |
| 4 | 3語の即時記銘 |
| 5 | 計算(100−7の連続引き算) |
| 6 | 数字の逆唱(3桁・4桁) |
| 7 | 3語の遅延再生 |
| 8 | 5物品の即時再生 |
| 9 | 野菜名想起(言語流暢性課題) |
このようにHDS-Rは、記憶・見当識・注意力・言語流暢性などを包括的に把握できる構造となっています。
対象と適応:どんな人に使う検査か
HDS-Rは主に高齢者の認知機能スクリーニングに用いられます。臨床現場だけでなく、地域や介護領域でも広く利用されています。
対象となるケース
- 認知症や軽度認知障害(MCI)が疑われる高齢者
- 在宅・通所・病院・施設などでの定期評価
- 認知リハビリや回想法など介入前後の比較評価
適応上の注意点
- 聴覚障害・失語・強い抑うつ傾向がある場合は、得点が過小評価されることがあります。
- 教育歴・文化背景による影響を考慮し、単純な得点比較だけでなく回答態度や反応時間の観察も重要です。
- 標準法は口頭面接式であり、筆記代替を行う場合は標準得点との厳密な比較はできません。
実施方法:標準手順と注意点
HDS-Rは口頭質問による面接形式で行います。評価者は落ち着いた雰囲気を作り、被検者の理解度に応じて進めます。
実施環境
- 静かで落ち着いた場所
- 適度な照明と安心感を与える距離感
- 質問紙を見せず、評価者が口頭で読み上げる
手順の一例
- 「今おいくつですか?」(年齢)
- 「今日は何月何日ですか?」(時間見当識)
- 「ここはどこですか?」(場所見当識)
- 「これから言う3つの言葉を覚えてください。桜・猫・電車。」(即時記銘)
- 「100から7を引いてください。」(計算)
- 「3・2・8を逆に言ってください。」(逆唱)
- 「さきほどの3つの言葉は何でしたか?」(遅延再生)
- 「この5つの物を見てください。後で思い出してもらいます。」(即時再生)
- 「野菜の名前をできるだけたくさん言ってください。」(流暢性)
評価者のポイント
- 被検者の表情・集中力・理解度も観察
- 助言や誘導は行わない
- 所要時間は5〜10分程度が目安
採点と解釈:カットオフ値と臨床判断
HDS-Rは30点満点で、20/21点がスクリーニング上の一般的なカットオフラインです。
| 合計点 | 判定の目安 |
|---|---|
| 21点以上 | 正常範囲 |
| 20点以下 | 認知症の疑いあり(要精査) |
ただし、教育歴・年齢・文化的要因により個人差があるため、点数のみで断定せず総合的に判断する必要があります。
臨床上の補足
- 感度はおおむね80〜90%、特異度は約80%前後と報告されています(研究により差あり)。
- MMSEに比べ、動作性課題を含まないため身体障害者にも実施しやすい。
- 初期アルツハイマー型認知症など、記憶障害優位のタイプに有用とされます。
標準化と信頼性:1991年版の再評価
HDS-Rは1991年に改訂され、日本人高齢者1,000名以上を対象に再標準化が行われました。
当時の研究では、高い信頼性と妥当性が確認され、以降30年以上にわたり国内臨床の標準ツールとして活用されています。
バージョンの違い
| バージョン | 主な特徴 |
|---|---|
| 初版(1974) | 電話番号など時代依存的項目を含む |
| 改訂版(1991) | 現代的内容に変更し、得点体系を再検証 |
臨床応用:作業療法・介護での活用例
HDS-Rは作業療法や介護の現場で、認知症ケアの出発点として活用されます。
活用例
- 病院・施設での認知機能スクリーニング
- 通所リハでの訓練前後の効果測定
- 在宅支援での状態モニタリング
- 回想法・脳トレ・ボードゲーム療法などの前後比較
臨床的な工夫
- 経時的な評価により、進行度を可視化
- 結果をICFの「b1認知機能」や「コミュニケーション」領域にマッピング
- 家族説明時にグラフ化し理解促進を図る
HDS-Rは単なる点数ではなく、「その人の思考過程や生活背景を読み解く手がかり」として活用されます。
他検査との比較:MMSEやMoCAとの違い
| 検査名 | 特徴 | 使い分けのポイント |
|---|---|---|
| HDS-R | 日本人に最適化。動作課題なし | 高齢者全般に有効 |
| MMSE | 世界標準。書字・模写課題あり | 比較・研究用途に適す |
| MoCA | 軽度認知障害検出に優れる | 精密評価向け |
臨床では、HDS-Rでスクリーニングを行い、必要に応じてMMSEやMoCAで精査・追跡評価を行うのが一般的です。
デジタル化の動向:ICTで進化する認知評価
近年、HDS-Rの電子化・タブレット化が進み、音声認識や自動採点システムを搭載したアプリも登場しています。
ICT化の利点
- 自動採点により評価者間誤差を減らせる
- 経時変化をグラフ化しやすい
- 記録・共有が容易で多職種連携に活用できる
注意点
- 現在のところ、公的に標準化されたデジタル版は存在しない。
- 高齢者が機器に緊張する可能性があるため、人との対話を重視した運用が求められます。
作業療法士は、ICTを補助的に活用しながら、観察とコミュニケーションという臨床の本質を保つことが大切です。
まとめ
HDS-Rは、日本語話者に最も適した認知症スクリーニングツールです。
短時間・非侵襲的に認知機能を把握でき、臨床から地域支援まで幅広く応用されています。
今後はICT技術の導入が進む一方で、人間的な評価視点を失わない運用が重要となるでしょう。