脳卒中感情障害スケール(JSS-D・JSS-E)とは?評価方法・カットオフ値・活用法を徹底解説

脳卒中の後遺症として見逃されやすい「感情の変化」や「うつ状態」。
リハビリ現場で患者の意欲や情動の変化を客観的に捉えるには、JSS-D(うつスケール)とJSS-E(情動障害スケール)の活用が有効です。
本記事では、日本脳卒中学会が開発した「脳卒中感情障害スケール(JSS)」の構成・評価方法・カットオフ値・臨床応用
までを、最新のエビデンスに基づいてわかりやすく解説します。
作業療法士・理学療法士・言語聴覚士など、リハビリ専門職が明日から使える実践ガイドとしてご活用ください。



基本情報:JSS-DとJSS-Eの概要

脳卒中後には、運動機能や言語機能だけでなく、感情や意欲にも変化が生じることがあります。特に「うつ状態」や「情動失禁」などは、リハビリの進行に大きく影響を与えるため、客観的な評価が求められます。
その際に用いられるのが、日本脳卒中学会が開発した**脳卒中感情障害スケール(Japan Stroke Scale for Depression/Emotion:JSS-D・JSS-E)**です。

スケール名評価対象特徴
JSS-D(Depression)脳卒中後うつ感情・思考・活動性を含む7項目から構成
JSS-E(Emotion)情動障害(易怒・脱抑制など)行動や対人面を含む8項目から構成

どちらもコンジョイント分析(Conjoint Analysis)という統計的手法を用いて重み付けされており、各項目にスコア値が設定されています。
また、両者の共通項目(気分・不安/焦燥・睡眠障害・表情)をまとめて評価するJSS-DE
という同時評価版も存在します。

JSS-D・E・DEはいずれも日本脳卒中学会の公式サイトからPDFで入手できます。



対象と適応:どのような患者に使えるのか

JSS-DおよびJSS-Eは、脳卒中後の感情変化を示す患者全般が対象です。特に次のような場面で有用です。

  • リハビリ開始期(発症後数日〜数週間)の心理的状態を把握したい場合
  • 意欲低下や感情失禁がみられるが、明確な診断が難しいケース
  • 脳血管障害後の社会復帰支援を計画する際
  • 医師・看護師・心理士・作業療法士など多職種で共通の評価指標を使用したい場合

研究報告によると、日本人の脳卒中患者のうち約18〜20%が急性期からうつ状態を呈するとされています(Kaji et al., Internal Medicine, 2008)。
したがって、急性期リハビリの早い段階からJSS-Dを用いた評価を導入することで、心理的サポートや再発予防に役立てることが可能です。

一方、JSS-Eは感情のコントロール障害(脱抑制や情動失禁、易怒性など)を客観的に記録するため、右半球損傷例や前頭葉損傷例にも適応が広がります。



実施方法:観察と面接による評価

JSS-D/JSS-Eは観察と簡易な面接による臨床評価法です。質問紙ではなく、セラピストや医療スタッフが患者の様子を評価して選択肢を選びます。

🧩 実施の流れ

  1. 評価用紙を準備(JSS-DまたはJSS-Eを選択)
  2. 各項目(7項目または8項目)を、患者の状態に最も近い選択肢A・B・Cのいずれかで記録
  3. 選択肢に記載されているスコア値(係数)を確認し、後で合計
  4. 評価全体にかかる時間はおよそ5〜10分程度

JSS-Dの項目(7項目)

  • 気分
  • 罪責感・絶望感・悲観的考え・自殺念慮
  • 日常活動への興味・楽しみ
  • 精神運動抑制/思考制止
  • 不安・焦燥
  • 睡眠障害
  • 表情

JSS-Eの項目(8項目)

  • 気分
  • 日常生活動作・行動
  • 不安・焦燥
  • 脱抑制行動
  • 睡眠障害
  • 表情
  • 病態・治療に対する対応
  • 対人関係

評価者は、会話・表情・動作・治療への反応などを通じて観察し、最も適切な記述(A〜C)を選びます。



採点と解釈:スコア計算の手順

JSSでは、各選択肢に設定された係数値を合計し、最後に「定数」を加えることでスコアを算出します。

スケール算出式定数
JSS-D各項目の係数合計 + 9.509.50
JSS-E各項目の係数合計 + 14.0014.00

例:JSS-Dの計算手順

  • 各項目A・B・Cの係数を確認(例:「気分C=1.52」「罪責感C=3.19」など)
  • 合計値に9.50を加算
  • 得点が高いほど「うつ傾向が強い」と判断

注意点

  • JSS-Dの「不安・焦燥」Aの値は -1.11(誤って+1.11と表記されている資料もあるため注意)
  • スコアは相対的な変化をみる目的でも活用でき、治療前後比較に有用

スコアが高いほど重症度が高いと解釈しますが、臨床的には他評価(HADS、BDI-IIなど)と組み合わせて用いると信頼性が高まります。



カットオフ値:うつや情動障害の判定基準

JSS-D(うつスケール)

複数の研究(Kaji et al., 2008 ほか)により、2.4点以上を「うつ状態あり」とする基準が報告されています。
この閾値での感度は約0.95、特異度は0.99と高く、スクリーニングツールとして信頼性があります。

JSS-E(情動障害スケール)

JSS-Eには明確な全国標準カットオフ値は設定されていません。研究により独自の基準を用いる場合があり、「6点以上」を目安とする報告もありますが、統一された閾値ではない点に注意が必要です。

したがって、JSS-Eは経過観察や症状の相対的変化を確認する目的で使用するのが望ましいといえます。



標準化・バージョン情報

  • 開発:日本脳卒中学会(Japan Stroke Society)
  • 初出:2003年(日本脳卒中学会公式スケール一覧)
  • 重み付け法:コンジョイント分析(患者評価に基づく統計的手法)
  • JSS-D/Eの同時評価版(JSS-DE)は後年追加され、11項目で構成
  • 対応言語:日本語版のみ公式に公開(英語文献はInternal Medicine掲載)

また、学会が提供する評価票はPDF形式で無料ダウンロードが可能であり、各医療機関で紙ベースまたは電子カルテに転記して使用できます。
研究利用の際は、日本脳卒中学会のガイドラインに従うことが推奨されています。



臨床応用と活用事例

JSS-D/Eは、次のような臨床場面で活用が報告されています。

  • 急性期リハビリ病棟での心理スクリーニング
    → 早期のうつ傾向を捉え、精神科介入や家族支援につなげる。
  • 回復期リハビリでの経時的変化追跡
    → 治療・訓練への参加意欲の向上度合いを定量的に評価。
  • 在宅復帰後の感情変化フォロー
    → 通所リハ・訪問リハでの心理状態モニタリングに使用。

また、感情面への介入(認知行動療法、作業活動の再構築、社会参加プログラムなど)の効果検証ツールとしても用いられています。
JSSを継続的に実施することで、本人・家族・スタッフ間の「見えない変化」を共有でき、チームアプローチの質向上にも寄与します。



他検査との関連:心理スケールとの比較

JSSは脳卒中特異的なスケールであり、一般的なうつスケールと次のように補完関係にあります。

比較検査主な特徴JSSとの違い
HADS(Hospital Anxiety and Depression Scale)不安・抑うつを14項目で簡便評価神経疾患以外にも汎用だが、脳卒中特有の情動失禁を捉えにくい
BDI-II(Beck Depression Inventory)自記式で主観的要素が強いJSSは観察者評価で重度失語にも対応可
GDS-15(高齢者抑うつ尺度)高齢者一般に適応失語・認知症例では回答困難な場合あり

このように、JSSは失語症・注意障害を有する患者でも評価可能な利点を持ちます。
臨床では、HADSなどと併用することで心理状態を多面的に把握できます。



デジタル・ICT対応:電子化と今後の展望

近年、電子カルテやタブレット端末を活用したJSS-D/Eのデジタル化が進んでいます。

  • GoogleフォームやExcelでの自動スコア計算
  • チームで共有できるリハビリ評価データベース化
  • AIによる音声・表情解析を組み合わせた感情評価支援

「Therabby OT評価DB」などのシステムにJSSを登録すれば、経時変化の可視化や統計解析が容易になります。
今後は、ウェアラブルデバイスやスマートカメラを用いた情動変化の自動推定など、リハビリ領域における感情定量化の研究が期待されます。

JSSはそのベースとなる臨床指標として、デジタルヘルス時代の感情リハビリ評価において中心的な役割を担う可能性があります。



参考文献

  • Kaji T, et al. Internal Medicine. 2008;47(3):211–216.
  • 日本脳卒中学会. 公式サイト:評価スケール一覧
  • 浜松医科大学リハビリテーション科資料(JSS-D/E 評価票)
  • Games for Health Journal, 2025.
  • 『明日から実践できる!脳卒中の評価と治療』(医学書院, 2023)

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