SDSA(Stroke Drivers’ Screening Assessment)は、脳卒中患者の運転再開可否を予測するスクリーニング検査です。
注意・空間認知・判断力など、運転に不可欠な認知機能を短時間で評価でき、英国を中心に国際的に信頼性が確立されています。
この記事では、SDSAの構成・実施方法・カットオフ値・臨床活用のポイントを、リハビリセラピストの視点からわかりやすく解説します。
基本情報|SDSAとは何か
SDSA(Stroke Drivers’ Screening Assessment)は、脳卒中後の運転再開の可能性をスクリーニングするための認知機能検査です。
運転に関わる重要な能力(注意、空間認知、非言語的推論、反応判断など)を短時間で評価できるよう設計されています。
主な特徴:
- スクリーニング目的:運転再開可否の「予測」に用いられ、最終判断ではありません。
- 構成:4つの下位検査(ドット抹消、方向スクエアマトリクス、コンパススクエアマトリクス、道路標識認識)。
- 実施時間:約30分(各テストの合計時間28分+説明時間)。
- 使用環境:机上で実施可能。特別な機器は不要。
- 主な出典:Nouri & Lincoln(1987, 1992, 1993)による開発と検証研究。
SDSAは、「運転不可」と出ても直ちに免許取り消しを意味するものではなく、詳細評価(神経心理検査・実車試験)への橋渡しとして用いられます。
対象と適応|どんな患者に使う検査か
SDSAの主対象は脳卒中患者ですが、類似の認知障害を持つ他疾患でも参考にされることがあります。
主な対象:
- 脳卒中後の運転再開希望者
- 高次脳機能障害を伴う方
- リハビリテーション段階での運転リスクスクリーニングが必要な方
適応範囲と注意点:
| 対象群 | 使用目的 | 注意点 |
|---|---|---|
| 脳卒中患者 | 運転再開可否のスクリーニング | 本来の対象。高い妥当性。 |
| 外傷性脳損傷・パーキンソン病など | 認知障害によるリスク予測 | 別途補正・慎重な解釈が必要。 |
| 高齢ドライバー | 注意・視空間機能の確認 | 他検査との併用(例:UFOV, TMT)推奨。 |
実施目的:
- 運転再開に関する初期判断
- 認知リハビリテーション方針の立案
- 実車評価へのスクリーニングとしての利用
SDSAは「脳卒中患者の初期スクリーニング」として最もエビデンスが確立しています。
実施方法|4つの下位検査の構成
SDSAは以下の4つの下位検査で構成されます。いずれも紙ベースで実施され、検査者が口頭で指示します。
| 検査名 | 評価する主な機能 | 標準実施時間 |
|---|---|---|
| ドット抹消(Dot Cancellation) | 注意・処理速度 | 約15分 |
| 方向スクエアマトリクス(Square Matrices – Directions) | 空間方向感覚・視覚情報処理 | 約5分 |
| コンパススクエアマトリクス(Square Matrices – Compass) | 空間認識・論理的思考 | 約5分 |
| 道路標識認識(Road Sign Recognition) | 視覚理解・判断力 | 約3分 |
実施環境と手順のポイント:
- 静かで集中できる部屋を選ぶ。
- 十分な照明を確保する。
- 被験者に検査目的と概要を説明して安心感を与える。
- 必要に応じて練習問題を行う。
実施者の注意点:
- 標準化された指示を用いる。
- 被験者の理解度を確認しながら進める。
- 記録は正確な反応時間・誤答数を残す。
採点と解釈|どのように結果を読むか
SDSAの採点は、各下位検査のスコアをもとに**統計的判別式(Discriminant Function)**により「Pass(運転可)」または「Fail(不可)」を算出します。
採点方法の概要:
- ドット抹消:反応時間・誤選択数を記録
- スクエアマトリクス:正答数
- 道路標識認識:12点満点で正答数をカウント
- これらのスコアを既定の式に代入し判定
解釈上のポイント:
- 「Pass」=運転再開が可能な見込み
- 「Fail」=運転能力低下が示唆され、さらなる評価が必要
- 最終的な免許可否の判断は、SDSA単独では行わない
研究では、実際の運転テストとの一致率は**約62~88%**と報告されており、スクリーニングとしては十分な精度です。
結果は「運転再開への初期指標」として扱うのが適切です。
カットオフ値|合否の基準
SDSAは、統計的判別関数により自動的に「合格/不合格」の推奨を算出します。
具体的なカットオフ値はマニュアルに記載されていますが、下記は一般的な傾向です。
| 判定 | 意味 | 推奨対応 |
|---|---|---|
| Pass(合格) | 安全な運転が可能と予測 | 実車評価や社会復帰支援へ |
| Borderline(境界) | 判定が難しい | 他の認知検査・実車評価を併用 |
| Fail(不合格) | 安全運転困難と予測 | 再評価またはリハ介入を検討 |
また、誤答や反応の遅れが特定の領域に偏っている場合は、その認知機能のリハビリ方針立案に役立ちます。
標準化・バージョン情報|各国での展開
SDSAは国際的に広く適用されており、複数のバージョンが存在します。
主なバージョン:
| バージョン名 | 国・地域 | 特徴 |
|---|---|---|
| SDSA Original | 英国 | Nouri & Lincolnによる原版。基本構造。 |
| NorSDSA | 北欧(ノルウェー・スウェーデン) | 北欧標識対応・成績分布修正。 |
| US-SDSA | 米国 | シミュレーター試験との一致率87–88%。 |
| MySDSA | マレーシア | 現地標識への適応版。 |
| Aus-SDSA | オーストラリア | 英国版準拠の臨床マニュアルあり。 |
各国で文化的要因(道路標識、方向感覚、言語)を調整したローカライズが行われています。
特に日本ではまだ公式標準化は限定的であり、参考評価としての利用が主です。
臨床応用と活用事例|リハビリでの使い方
SDSAは、運転再開支援の初期スクリーニングとして臨床現場で活用されています。
臨床での活用例:
- リハスタッフが退院前にSDSAを実施し、結果を医師・家族と共有。
- 運転再開を希望する患者に対して、注意力・空間認知・判断力のどの機能に課題があるかを明確化。
- リハビリ計画(例:視覚スキャン訓練・反応速度訓練)を立てる指針として利用。
- 実車評価前の「ふるい分け」として使用し、無用なリスクを軽減。
期待できる効果:
- 運転再開支援の安全性向上
- 認知リハプログラムの個別化
- 介入効果のモニタリング指標として利用可能
SDSAは「運転可否の白黒をつける検査」ではなく、「次のステップへ導くための地図」として位置づけることが重要です。
他検査との関連|補完的に使うべきツール
SDSA単独では運転可否を断定できないため、他の神経心理学的検査との併用が推奨されています。
主な併用検査:
- Trail Making Test(TMT-A/B):注意の分配・遂行機能
- Stroop Test:反応抑制・選択的注意
- UFOV(Useful Field of View):視野注意・高齢ドライバー評価
- WAIS-IV:全般的知的機能
- BIT/VOSP:視空間認知・半側空間無視
これらの検査を組み合わせることで、より精度の高い総合的な運転能力評価が可能になります。
デジタル・ICT対応|オンライン・VR化の動向
SDSAは元来紙ベースですが、近年ではICTを活用した評価への移行も始まっています。
デジタル対応の方向性:
- パソコン・タブレット版SDSAの試験的導入(入力精度と時間計測の自動化)
- シミュレーター連携評価:米国版研究で高い一致率(87–88%)を示す。
- 遠隔リハビリ・テレ評価:リモート環境で注意・判断課題を再現する試み。
- AI解析の導入:反応速度データを用いたパターン分類研究。
これらの進化により、SDSAは「紙の検査」から「デジタル認知評価プラットフォーム」へと発展しつつあります。
【まとめ】
SDSAは、脳卒中後の運転再開支援において最も研究的根拠のあるスクリーニングツールの一つです。
適切な評価・解釈・他検査との併用を通じて、患者の安全運転再開と自立支援を後押しします。