標準高次動作性検査(SPTA)とは?失行を正確に評価する方法と臨床での活用

高次脳機能障害の中でも「失行(apraxia)」は、理解されにくく評価が難しい症状の一つです。
標準高次動作性検査(SPTA)は、失行を中心とした高次動作性障害を多角的に評価できる日本唯一の標準化検査です。
本記事では、SPTAの基本構成、実施手順、採点・解釈方法から臨床応用、診療報酬までを詳しく解説。
作業療法士や理学療法士など、リハビリ専門職が臨床現場で活かせる実践的なポイントをまとめました。



基本情報:SPTAの概要と特徴

標準高次動作性検査(SPTA)は、日本高次脳機能障害学会が作成した、失行(apraxia)を中心とした高次動作性障害を評価するための標準化検査です。
主に脳血管障害・外傷性脳損傷・変性疾患などで行為遂行に問題が生じている方に用いられます。

SPTAの特徴

  • 行為を「観念」「観念運動」「構成」「着衣」「口腔顔面」など多面的に評価可能。
  • 13の下位検査項目で構成。動作の“結果”だけでなく“過程”を分析できる。
  • 言語的理解・模倣・実物使用など提示モダリティの違いから、失行タイプの把握が可能。
  • プロフィールシートや自動計算ソフトを用いて、エラー傾向を可視化できる。

構成(13項目)

  1. 顔面動作
  2. 物品を使う顔面動作
  3. 上肢(片手)慣習的動作
  4. 上肢(片手)手指構成模倣
  5. 上肢(両手)客体のない動作
  6. 上肢(片手)連続的動作
  7. 上肢・着衣動作
  8. 上肢・物品を使う動作(物品なし/あり)
  9. 上肢・系列的動作
  10. 下肢・物品を使う動作
  11. 上肢・描画(自発)
  12. 上肢・描画(模倣)
  13. 積木テスト

この構成により、麻痺や失語の影響を考慮しながら、多角的に失行の様相を把握することができます。



対象と適応:どんな症例に使うか

SPTAは、高次脳機能障害による行為障害が疑われる症例に適応します。特に以下のようなケースで有用です。

対象となる主な症例

  • 脳卒中後に、動作がぎこちなく目的動作が完遂できない例
  • 外傷性脳損傷後、動作手順が混乱し日常行為が困難な例
  • 変性疾患(例:前頭側頭型認知症など)で動作の意図理解が保たれているのに遂行が困難な例

評価可能な行為障害のタイプ

  • 口腔顔面失行
  • 観念運動失行
  • 観念失行
  • 構成失行
  • 着衣失行

ただし、各下位項目が単一タイプを断定するものではなく、複合的に出現する症状を分析的に理解することが重要です。

年齢層

  • 成人を主対象としていますが、小児例でも実施可能とされています。

SPTAは、麻痺や知能障害、老化に伴う運動障害との識別にも役立ち、リハビリ計画立案時の行動観察に有用です。



実施方法:検査手順と留意点

実施時間は約90分程度とされています。
検査全体は原則として2週間以内に完了することが推奨されています。

実施環境

  • 静かな室内で、対象者の注意を保てる環境を整える。
  • 被験者の麻痺側・優位側を考慮して順序を設定。

実施手順の基本

  1. 口頭命令による実施
  2. 模倣による実施
  3. 物品を使用しての実施

正反応が得られるまで段階的に提示し、反応の様式を観察します。
マニュアルでは「正反応が得られるまで進める」ことが原則であり、以降の課題省略は臨床判断に委ねられます。

検査例

  • 敬礼・おいでおいで・じゃんけん
  • 歯磨き・髪をとかす・鋸で木を切る
  • お茶を入れる・ろうそくに火をつける
  • 三角形の描画・積木模倣

これらの動作を通して、「動作の意図理解」「動作系列」「空間構成」「模倣能力」などを観察します。



採点と解釈:誤反応の質と修正誤反応率

SPTAでは**定量評価(誤り得点)定性評価(反応分類)**の2軸で解析します。

誤り得点

得点判定内容
0点正常な反応で課題を完了
1点拙劣・修正行為・遅延などを含むが課題は完遂
2点課題が未完了または明らかな誤反応

反応分類(複数該当可)

  • N:正常反応
  • PP:錯行為(parapraxis)
  • AM:無定形反応
  • PS:保続(perseveration)
  • NR:無反応
  • CL:拙劣
  • CA:修正行為
  • ID:開始遅延
  • O:その他

また、誤反応が**失語(A)・麻痺(P)・その合併(A+P)**によるものかを区別して記録します。

修正誤反応率の算出

  1. 失語・麻痺・合併の影響を除外した修正版:
      修正誤反応率①=(a+b)-(c+d+e)/[f-(c+d+e)]×100%
  2. 麻痺の影響のみ除外した修正版:
      修正誤反応率②=(a+b)-(d+e)/[f-(d+e)]×100%

この値により、純粋な高次動作性機能の障害度を把握します。
プロフィール用紙または公式Excelソフトで自動算出できます。



カットオフ値:異常と判断する基準

SPTAでは一律のカットオフ値(正常/異常境界点)は設定されていません
むしろ、誤反応率の高さや反応パターンの分布を総合的に判断します。

参考指標

  • 修正誤反応率が高いほど失行傾向が強い。
  • 同一モダリティで保続・錯行為が多い場合は、遂行計画や抑制障害が関与。
  • 模倣課題で改善する場合は、口頭指示理解や意味処理の関与が大。

したがって、**誤反応率そのものよりも質的分析(どの場面で・どの反応が起きたか)**が臨床的価値を持ちます。



標準化とバージョン情報

  • 作成母体:日本高次脳機能障害学会(Brain Function Test委員会)
  • 出版社:新興医学出版社
  • 最新版:改訂第2版(2020年代以降流通)
  • 対象年齢:成人(小児にも適用可能)

標準化の際には、高次脳機能障害例と健常成人を対象としたデータをもとに妥当性・信頼性が検証されています。
学会公式サイトには**プロフィール自動作成ソフト(Excel形式)**が無償で提供されており、評価の均質化が進められています。

また、SPTAは診療報酬D285-3(操作と処理が極めて複雑なもの)450点として算定可能です。



臨床応用と活用事例

SPTAを用いることで、以下のような臨床的洞察が得られます。

1. 評価段階

  • 模倣と口頭命令の差から、指示理解のモダリティ依存性を把握。
  • 誤反応の傾向から、遂行計画・フィードバック処理・空間構成の課題を分析。

2. 訓練・介入段階

  • 模倣提示や動作分節化など、補助手段の選定に活かせる。
  • 家族指導時に「動作の何が難しいのか」を説明でき、理解促進と協力獲得に有用。

3. 症例例

  • 右片麻痺+失行例で、模倣提示により改善 → 動作計画障害が主体と判断。
  • 左片麻痺+構成失行例で、描画課題の誤反応率が高い → 視空間構成の訓練へ反映。

このように、SPTAは評価から訓練設計・家族教育までをつなぐ橋渡しツールとして非常に有用です。



他検査との関連

SPTAは以下の検査と補完的に用いられることが多いです。

分野代表的検査評価目的
失語・言語WAB(Western Aphasia Battery)言語理解との関連把握
注意・遂行FAB・TMT・CAT注意制御と動作計画の関連
構成・認知コース立方体検査・RCFT視空間構成との比較
ADL観察FIM・BI実生活動作への転用分析

特にWABの行為課題はSPTAのスクリーニング版として用いられることもあります。



デジタル・ICT対応

日本高次脳機能障害学会の公式サイトでは、**SPTAプロフィール自動作成ソフト(Excel版)**が無償提供されています。
入力項目(誤り得点・A/P区分)を入力するだけで、修正誤反応率とプロフィール図が自動生成されます。

今後は、以下のようなICT対応の進展が期待されています。

  • タブレットでの記録入力・自動グラフ化。
  • 動作解析AIとの連携による誤反応自動検出。
  • 遠隔リハや臨床教育での共有・保存機能。

現時点でも、SPTAのデジタル化は進行中であり、臨床現場の省力化と標準化を支える代表的検査といえます。



まとめ

SPTAは、失行の詳細な構造を明らかにし、日常生活上の行為障害を理解するうえで欠かせないツールです。
定量・定性の両面から対象者の行為能力を分析し、作業療法の目標設定や家族支援に直接活かすことができます。


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