視覚的アナログスケール(VAS)は、患者の痛みを「0〜10」の数値で可視化できる評価ツールです。
リハビリや理学・作業療法、整形外科の現場で幅広く使用され、治療効果の判定や疼痛経過の記録に欠かせません。
本記事では、VASの基本原理から実施方法、採点基準、他のスケール(NRS・VRS)との違い、デジタル対応まで、リハビリセラピスト向けにわかりやすく解説します。
基本情報:VASとは何か?
視覚的アナログスケール(VAS:Visual Analogue Scale)は、主観的な痛みや不快感の強さを「数値化」して捉えるための評価ツールです。
臨床現場や研究領域で最も広く用いられており、特に急性期の痛み評価において信頼性が高いとされています。
VASは10cm(100mm)の水平線を用いて評価します。
- 左端:「痛みなし(0)」
- 右端:「想像できる限り最悪の痛み(10)」
患者は現在感じている痛みを線上に印で示し、左端から印までの距離(mm単位)を測定します。これをスコア化することで、主観的な感覚を定量データとして扱えるのが特徴です。
VASは1970年代以降、心理学・医療・リハビリテーションの分野で標準的に使用されてきました。日本語版の研究も多く、現在では医療機関だけでなく在宅・研究現場でも活用されています。
このようにVASは、「主観を客観化する」ための非常に有効なツールとして位置づけられています。
対象と適応:VASが有効な評価対象
VASは主に「痛みの強度」を測定するために使用されますが、適応は痛みに限りません。リハビリ領域では次のような場面で有効です。
主な適応領域
- 術後や外傷後の急性痛評価
- 慢性疾患(腰痛、関節リウマチ、線維筋痛症など)での疼痛経過観察
- 治療・介入の効果測定
- リハビリ中の疼痛・疲労の変化
- 疲労感、倦怠感、ストレス、気分の変化などの主観的指標の記録
使用が難しいケース
一方で、以下のような場合には実施が困難または結果が信頼しづらいことがあります。
- 視覚障害や手の運動障害を有する患者
- 認知症や失語症などで理解・表現が難しい場合
- **幼児(6歳以下)**で、抽象的スケール理解が未発達な場合
このようなケースでは、**Numerical Rating Scale(NRS)やFace Pain Scale(FPS-R)**などの代替尺度が推奨されます。
実施方法:VASの正しい使い方
VASの実施は非常にシンプルですが、正確な評価を行うためにはいくつかのステップを踏む必要があります。
1. 準備
- 水平な線(10cm)を紙またはデジタル画面上に描く。
- 左端に「痛みなし(0)」、右端に「最悪の痛み(10)」を記載。
- 視認性を高めるため、黒色ペンなどを使用。
2. 説明
- 患者にスケールの意味を説明する。
例:「0は全く痛くない、10は想像できる中で最も強い痛みです。」 - 現在の痛みをこの線上で示してもらうよう案内。
3. 記入
- 患者が感じる痛みの強さの位置に印を付ける。
- 所要時間は数秒〜1分程度で完了。
4. 測定・記録
- 左端から印までの距離を**ミリ単位(0〜100mm)**で測定。
- 例:45mm → スコア4.5/10
5. データ化
- VASスコアを定期的に測定することで、痛みの推移や治療効果を時系列で追跡可能。
VASは簡便で迅速、再現性も高く、急性痛のリアルタイムモニタリングに最適です。
採点と解釈:VASの読み方と意味
VASは数値自体が痛みの強度を示すため、以下のように解釈されます。
| スコア(0〜100mm) | 痛みの強度の目安 |
|---|---|
| 0〜10mm | 痛みなし〜ごく軽い痛み |
| 11〜30mm | 軽度の痛み |
| 31〜60mm | 中等度の痛み |
| 61〜100mm | 強い痛み |
臨床的有意差(MCID)
最小臨床的重要差(MCID)は約13mmとされています。
つまり、痛みの変化が13mm以上あれば、臨床的に「痛みが変化した」と判断できます。
解釈上の注意点
- 主観性の影響:患者の心理・環境・気分で結果が変動することがあります。
- 慢性痛の限界:長期的な痛みではVAS単独では全体像を捉えにくいことがあります。
- 評価者間差:説明方法や測定精度の違いによってばらつきが生じることがあります。
リハビリセラピストは、単一のVAS値に依存せず、他の機能評価と併せて総合的に判断することが推奨されます。
カットオフ値:どこから「重度の痛み」と言えるか
VASでは、明確な国際的カットオフはありませんが、臨床研究ではおおむね以下の基準が用いられます。
| 痛みの分類 | 目安となるVAS値(mm) |
|---|---|
| 軽度 | 0〜30mm |
| 中等度 | 31〜60mm |
| 重度 | 61mm以上 |
この分類は、痛みの強度を定量化する際の参考になります。
ただし、疾患や状況によって痛みの体感が異なるため、VAS単独で重症度を判断せず、NRSやADLスコアと併せて分析することが重要です。
標準化・バージョン情報
VASは世界的に標準化された尺度であり、**原法(Aitken, 1969)**に基づく10cmスケールが基本形です。
種類
- 水平VAS(Horizontal VAS):最も一般的(信頼性r≈0.99)
- 垂直VAS(Vertical VAS):同等の妥当性を持つ(相関r≈0.99)
- 電子VAS(eVAS):スマートフォン・タブレット上での測定。紙版と同等の信頼性が報告されています。
信頼性と妥当性
- 短時間再テスト(数分〜1日以内)でICC 0.97〜0.99と非常に高い信頼性。
- 侵害熱刺激や薬効試験などで**強い妥当性(validity)**が確認されています。
VASは日本語版もすでに臨床・研究で広く利用可能であり、他言語版との比較研究でも一貫した信頼性が示されています。
臨床応用と活用事例
リハビリ領域でのVASの活用例を以下に示します。
臨床応用の具体例
- 術後リハビリ:関節可動域訓練中の痛みモニタリング。
- 整形外科疾患:腰痛や肩関節周囲炎での疼痛経過観察。
- 神経疾患:脳卒中後の肩痛・痺れの変化評価。
- 疼痛治療:薬物・温熱・電気療法などの効果判定。
- 在宅・地域リハ:慢性疼痛や疲労のセルフモニタリング。
活用のポイント
- 同一条件(姿勢・時間帯・説明方法)で繰り返し測定することで、より信頼性が高まります。
- 記録の継続がモチベーション向上やセルフマネジメント支援にもつながります。
VASは、患者とセラピストの「共通言語」として痛みを共有するために非常に有効です。
他検査との関連
VASは単独では痛みの性質を十分に捉えられないため、他の評価尺度と組み合わせて使用します。
| 評価法 | 特徴 | 主な併用目的 |
|---|---|---|
| NRS(数値評価スケール) | 0〜10の口頭式。準備物不要。 | 臨床現場での迅速な代替。 |
| VRS(言語評価スケール) | 「なし〜中等度〜重度」など言語で表現。 | 認知機能が低い患者への代替。 |
| FPS-R(顔面表情スケール) | 表情で痛みを表現。 | 小児や高齢者の評価。 |
| McGill Pain Questionnaire | 痛みの質や部位を分析。 | 慢性痛の詳細評価。 |
特にNRSとの相関は非常に高く(r=0.85〜0.95)、どちらを選んでも信頼性は確保されます。
ただし、NRSの方が理解・回答が容易なため、慢性痛や高齢者ではNRSが推奨される場合もあります。
デジタル・ICT対応
近年、VASは**電子化(eVAS)**により、データ収集と解析が容易になっています。
eVASの利点
- 自動でmm換算・グラフ化が可能。
- データの蓄積・解析が容易。
- テレリハビリや在宅モニタリングにも応用可能。
デジタル版の信頼性
多くの研究で、紙版VASと電子VASとの間に**高い一致率(r=0.96〜0.99)**が報告されています。
そのため、スマートフォン・タブレット・PCを用いたVAS評価は、臨床・研究どちらでも有効な代替手段とされています。
今後は、AIによる痛みデータ解析や、IoT機器との連携による疼痛モニタリングの自動化が進むと予想されます。
まとめ
VASは、
- 簡便・迅速・感度が高い
- 急性痛のモニタリングに有効
- 慢性痛では他尺度との併用が必要
という特徴を持ちます。
リハビリセラピストにとって、VASは**「痛みを共通言語で捉える」ための基本評価**です。
適切な理解と運用により、患者の主観を科学的に活かすことができます。