作業療法によるリハビリの現場では、脳卒中発症後のクライアントを対象にすることが多くあります。
そして、そのクライアントが働き盛りの年齢の場合、ADL、APDLの自立だけでは不十分です。
復職、職場復帰という課題解決、支援も必要になってきます。
しかし脳卒中による後遺症の程度にもよりますが、職場への復帰にはある程度必要最低限な条件があります。
そこで今回手に入る報告や論文のなかから、脳卒中発症後の復職の現状と特徴についてまとめてみました。
本記事が少しでも、脳卒中による後遺症を持っていても、なんとか職場復帰したい…と願っている方の一助になれれば幸いです。
脳卒中発症後の職業復帰率について
結論からいえば、脳卒中発症後の職業復帰率はおおまかには30~60%とされています。
実はこれ、20年前と比べても数字的には大きな違いはないようです。
もちろんその時の社会情勢や医療状況に多少の差はでてくるでしょうけど、おおむねこの数字のようです。
海外と日本での職業復帰率の違いについて
脳卒中発症後の復職率についてですが、北欧での職業復帰率は高くアメリカでは低いようです。
ちなみに日本はその中間程度。
なぜこのような差が生まれたかってことについてですが、これは対象症例の年齢分布、障害の重症度及び社会経済的状況が異なることがあげられます。
またその国によっての職業復帰の定義が異なることも影響されるようです。
「何を持って職業復帰か?」という定義が重要ということでしょうね。
脳卒中を発症しても職場復帰すること…について触れている記事はこちらを参考にしてみてください。
復職を促進する予測要素について
では、脳卒中を発症し、何かしらの障害を持つようになったとしても、復職率を少しでも高くするにはなにが必要なのでしょうか?
脳卒中発症後、優位に復職を促進する予測要素として、ここでは次の4つがあげられます
- 若年で復職につよい意欲を持っていること
- 高学歴でホワイトカラーの職種であること
- セルフケアおよび歩行が自立していること
- 家族や同僚の支援があること
以下にそれぞれ解説します。
若年で復職に強い意欲を持っていること
何よりまず年齢が問題になってきます。
これは同じ脳卒中を発症したとしても若年であればあるほど機能回復もしやすい…ということがあげられます。
加えて復職に対しての強い意欲ですが、高齢者の退職間近の年齢の方より、若年の方のほうが復職に対してのモチベーションが高いのは当然といえます。
生活のため働くことの必要性ということもありますが、社会生活における役割や自己実現、という観点からも機能や能力の程度の問題よりも「復職への意欲」を持っていることは大前提と言えます。
高学歴でホワイトカラーの職種であること
高学歴でホワイトカラーの職種…というとどのようなものがあげられるでしょうか?
ちなみにホワイトカラーとは白襟(スーツ)を着て仕事をする人を表しますから、思いつくのは公務員や事務職、管理職、営業職、企画・設計…なんて職種の方などになります。
所謂「知的労働」といったものです。
確かに脳卒中の後遺症を持っていたとしても、デスクワークだったら環境整備次第で仕事はできますからね。
「高学歴」という点に関しては考えるに、“復職”を考えた際の企業体制といったものが高学歴の方が多い企業のほうがしっかり整っている…という点からだと考えられます。
セルフケアおよび歩行が自立していること
やはり企業に復職するとなると、身の回りのことは自立していないと企業が受け入れにくくなってしまうというのは事実と言えます。
また移動手段である歩行が自立していることも必要な要因です。
家族や同僚の支援があること
復職のしやすさは、本人だけの問題ではなく職場や家族と言った社会的、人的環境因子も大きく関わってきます。
周囲の人のサポート体制が整っているかどうかも、脳卒中後遺症を有する方の復職のしやすさを左右する要因といえます。
ちなみに、脳卒中発症後の職場復帰につながる基準や尺度についてもう少し突っ込んで触れている記事はこちら。
復職を阻害する因子について
では逆に、脳卒中発症後の復職を阻害する因子としてはどんなものがあげられるでしょうか?
ここでは項目だけの紹介にとどめておきますが、次の6つがあげられます。
- 中高年齢での発症
- 肉体労働を主とするブルーカラーの職種
- 多量の飲酒歴
- 重度の片麻痺
- 失語、失認、失行などの高次脳機能障害の合併
- 長期入院や長期の傷病手当・障害年金の受給
あくまで確率論的な話になってしまいますが、これら6つの項目が一つでも当てはまると、職場復帰をしにくくしてしまう要因になり得る…と考えてよいでしょうね。
脳卒中発症後の職場復帰に関する疑問について
ここでは、作業療法の臨床で疑問に持ったこと、質問に上がったことについて解説します。
Q.脳卒中の病型については特に関係ない?
脳卒中の病型と職場復帰率は優位に関連しない…という意見が定説です。
しかし、『脳卒中発症後の職業復帰』の報告では、脳内出血の症例が脳梗塞、くも膜下出血症例それぞれに対し優位に低い職業復帰率を呈していた。…との意見もありました。
Q.麻痺側が右か左かで職場復帰率は変わるか?
片麻痺の麻痺側に関しては麻痺の重症度が職業復帰の阻害因子になりますが、麻痺側そのものと職業復帰との関連はみられないとの意見が多くみられます。
ただ、論文『脳卒中発症後の職業復帰』の報告では右麻痺症例の職業復帰率が有意差はないものの低い傾向があったようです。
これは右側が利き手であること、右片麻痺の症状として失語症を伴うことなどが理由としてあげられています。
Q.経済的補償は復職を遅らせる?
脳卒中発症後に受給される“傷病手当”や“障害年金”は、障害に対する経済的補償として必要なものです。
ただ一方で復職に対する意欲を低下させ復職可能な症例の復職時期を遅らせてしまうことがあるというデメリットも含んでいるようです。
クライアントの性格や状況にもよるでしょうけど、経済的補填=絶対善…ではないという考えを持っているべきかもしれませんね。
Q.麻痺の重症度の職場復帰率は相関性がある?
ま、当然といえば当然なのでしょうけど、麻痺の重症度があがるにつれて職業復帰率が低下します。
ちなみに、麻痺の重症度に関しては明らかな運動麻痺を呈していない症例ではほとんどが職業復帰が可能になります。
ちなみに麻痺がない症例は重度麻痺の症例に比べて5倍職業復帰しやすいとのデータがあります。
Q.高次脳機能障害と職場復帰率は相関性がある?
失行、失認は職業復帰を阻害する大きな因子になります。
他の高次脳機能障害(注意障害や半側空間無視、前頭葉症状etc)について言及した報告は本記事執筆段階の調査では見つからなかったのですが、就労においての作業遂行、およびコミュニケーションという点では失行、失認同様阻害因子に成り得ると考えられます。
ちなみに失行がない症例はある患者にくらべて優位に4倍職業復帰しやすいというデータがあります。
Q.失語症は職業復帰の阻害因子になる?
失語症は就労生活を送る上でのコミュニケーションの問題として職業復帰の阻害因子とされています。
ただし、失語症症例の職業復帰率が20~40%とそれほど低いものではないという報告もあることからも、あまり影響がないと意見もあります。
もちろん多くのコミュニケーションを必要とする仕事か否か…という点でも左右されるので、失語症=職業復帰困難、と考えるのは早計かもしれませんね。
Q.復職に関する研究はまだまだ発展途上?
悲しいことに脳卒中の復職に関する研究、臨床活動および社会的支援が進んでいないことは事実のようです。
それなのに、最近の研究では若年成人は生産性喪失の結果として、脳卒中の社会的経済的損失に大きく影響していることを報告しています。
今までしっかりと働いていて“経済を回していた勤労者”という側面を持っていた人が、脳卒中によって失業するということは大きな経済的損失ということです。
もっと国や行政レベルでの研究、対策が必要なのかもしれませんね。
まとめ
本記事では、脳卒中発症後の復職の現状と特徴についてについて解説しました。
脳卒中発症後の復職、職場復帰については今後作業療法士にとっても大きな課題となります。
過去の報告や論文、研究を見直すことでその傾向や抱えている課題、問題点などが浮上してくると思います。
もちろんそれらが浮上してくれば、対策案も自ずと浮かんできますから、作業療法士が関わる「職場復帰」というテーマの研究が一歩進んでいくと思うんですよね。