FAB(Frontal Assessment Battery:前頭葉機能検査)のケーススタディ – 症例から学ぶ評価とリハビリの実践

FAB(Frontal Assessment Battery:前頭葉機能検査)のケーススタディ - 症例から学ぶ評価とリハビリの実践 ケーススタディ

FAB(Frontal Assessment Battery:前頭葉機能検査)は、簡易的に前頭葉の機能を検査する方法の一つです。
本ケーススタディでは、FABを活用した実際の臨床場面をもとに、評価から介入までの流れを小説風に解説します。


ケース概要 – 言葉は流暢でも、どこかちぐはぐな会話

「最近、何か話しても噛み合わなくて……約束をしたと思ったらすぐ忘れちゃうし、一度話題が逸れると戻ってこないんです。」

病室の一角にある相談スペースで、患者の奥様が不安そうに話していた。
対象となるのは、60代の男性、坂井隆(さかい たかし)さん。
2週間前に脳卒中を発症し、右片麻痺が残ったために入院中だ。
幸い、大きな言語障害は残らず、単語のやり取りは問題ない。

しかし、奥様の話によると、会話の内容がかみ合わなかったり、些細な約束をすぐに忘れてしまったりと、以前とは異なる様子が目立つという。

坂井さん自身は、「話しづらさなんてない」と言い張り、右片麻痺のリハビリに集中したいと主張している。リハビリ室でも、周囲を気遣うことなく「俺はもう元気だ」と繰り返し話す姿が見受けられる。
何かしらの高次脳機能に問題が生じている可能性を感じたため、作業療法士のカナタは、より詳しい認知評価の必要性を感じていた。

「もう少し、詳しく脳の機能を評価してみませんか?」というカナタの提案に対して、坂井さんは渋い顔をしたものの、「まぁ、試すだけならやってみるか」と了承を得られた。
こうして、FAB(Frontal Assessment Battery)による検査が行われることになった。


検査のシチュエーション – 前頭葉機能を調べるFABテスト

検査は、午前の理学療法セッションが終わった後の落ち着いた時間帯に、リハビリ室の一角で行われた。
ガラス張りの窓からは明るい日差しが差し込み、外の景色にはリハビリ病院の庭が広がっている。坂井さんは、やや疲労感を見せながらも、「退院を早く決めたい」という意欲に突き動かされている様子だ。

「それじゃあ、坂井さん、ちょっと座り直して、机に向かってくださいね。」
カナタは優しい笑顔を向け、検査の準備を進める。

1つ目は概念化課題(類似性)
「リンゴとオレンジ、何が似ていますか?」
坂井さんは腕組みをして、少し考え込んだ。
「……どっちも丸い。色は違うけど、まぁ食べられる……味は違うなぁ。でも、同じ果物か?」

やや時間を要するものの、答え自体は出てくる。ただ、抽象的な概念を引き出す際に時間がかかる印象だ。

続いて語想起課題(流暢性)
「“か”で始まる言葉を、1分間でできるだけ挙げてみましょう。」
「か……カラス……カレー……カメ……か、か、か……」
最初は順調に出てきたが、途中から詰まってしまう。もどかしそうに頭をかいて、「こういうの、得意じゃないんだよ」と言い訳じみた口調になった。

次に運動系列課題(運動プログラミング)
カナタは手を示しながら、「私がやる通りに続けてくださいね。『拳-手刀-掌』の順番で繰り返します。」と説明。
1回目こそ坂井さんは真似できたが、2回目以降は「拳-手刀……あれ? どっちだ?」と混乱が生じ、リズムが崩れた。「ちょっと難しいな」と苦笑いしている。

さらに葛藤指示課題(干渉への感受性)GO/NO-GO課題(抑制コントロール)では、指定通りの回数だけ手を叩くように求められるが、余計に叩きすぎたり、叩くべき時に叩かなかったりとミスが目立つ。

最後に把握行動課題
カナタが手を差し出して「握らないでくださいね」と注意したにもかかわらず、坂井さんは無意識のうちに手を伸ばしかけて「おっと」と止まる。衝動的に動作が出てしまう場面に、本人が戸惑いを見せた。


検査結果の解釈 – 遂行機能と抑制コントロールの低下

検査終了後、カナタは静かに点数をまとめ始めた。
結果は、FAB総得点9点(18点満点)。全体的に前頭葉機能の低下がうかがえた。

  • 概念化課題(類似性):1点(具体例は出るが抽象化が遅く混乱ぎみ)
  • 語想起課題(流暢性):2点(最初は出るが継続が難しい)
  • 運動系列課題:2点(順序付けが保てず、リズムが乱れがち)
  • 葛藤指示課題:1点(指示通りの反応を保つのに苦戦)
  • GO/NO-GO課題:1点(抑制力が弱く、誤反応が多い)
  • 把握行動:2点(握らないでと指示されても衝動的に行動)

「坂井さん、抑制力やルールを守る力、それから物事を順序立てて考える力が少し落ちているようです。」
その言葉に、坂井さんは不思議そうな顔をした。
「いや、そんな実感はないけど……まぁ、さっきもちょっとややこしかったな。」

家族からすれば、約束を忘れたり、急に話題を逸らしたりするのはこの前頭葉機能の低下が要因かもしれない。坂井さん本人に自覚が薄いのも特徴の一つで、家族とのズレが生じることが多いというのがカナタの経験則だった。


検査結果からの臨床的応用 – リハビリの方向性を決める

結果を踏まえたカナタは、まず坂井さん本人と奥様に向き合い、ゆっくりと説明を始める。

「坂井さんはお話もスムーズですし、身体機能も日々良くなっています。ただ、一方で前頭葉が担当する“遂行機能”――つまり、計画したり、注意力を保ったり、衝動を抑えたりする部分が少しうまく働いていないかもしれません。これをリハビリでトレーニングしていきましょう。」

具体策としては、

  • 遂行機能訓練: 洗濯物の取り込みや畳み作業を複数のステップに分解し、順序を守る訓練。
  • スケジュール帳の活用: 1日の予定を記入し、家族と確認してから取り組む習慣をつける。
  • ゲーム課題: トランプのルールあるゲームやボードゲームで、「指示を守りながら衝動を抑える」練習。

さらに家族への助言として、口頭指示よりも書面や明確なルール表を作成し、互いの認識にズレがないようサポートしてもらうことを勧めた。

坂井さんは、家事動作の訓練なんて男性のやることじゃないと渋い顔をしたが、奥様が「毎日の生活をスムーズにする練習と思って、一緒にやりましょうよ」と優しく声をかけると、しぶしぶではあるが納得する様子を見せた。


他部門のチームスタッフへの伝達 – 多職種で支える支援体制

FABの結果を踏まえ、カナタはカンファレンスにて他職種へ情報共有を行う。

  • 医師: 前頭葉機能低下の影響を考慮し、薬物治療やリハビリテーションの方針を再検討。「認知リハの専門プログラムと並行して進めましょう」と提案。
  • 看護師: 病棟での声かけをシンプルかつ段階的にすることを依頼。複数の指示を一度に与えるのではなく、1つずつ確実に確認しながら進めるよう協力を要請。
  • ソーシャルワーカー: 退院後の在宅支援を検討。デイケアや訪問リハビリの利用を提案し、奥様の介護負担を軽減する方法を探る。

このように、多職種が連携することで、坂井さんが日常生活で混乱を起こしにくくなり、スムーズな社会復帰を支援することが可能になる。


エピローグ – FABを活用したリハビリの可能性

FABによって、坂井さんの前頭葉機能――特に遂行機能や抑制コントロール――の低下が客観的に示された。
本人に自覚が薄い部分も、検査結果を共有することで理解が深まり、リハビリテーションへのモチベーションを高めるきっかけになる。
また、家族や医療スタッフも坂井さんの特性を把握することで、具体的かつ効果的な支援策を講じられる。

坂井さんは検査後、リハビリ室の窓辺で庭の木々を眺めながら苦笑いし、
「ゲームみたいに点数化されると、なんか負けた気分だな。でも、頑張って克服しないと。」と語った。

カナタは静かにうなずき、笑顔で応える。
「ええ、点数はあくまで指標です。大事なのは、これから一緒に攻略していくことですよ。」

こうして、FABの結果を基にした前頭葉機能のリハビリは、坂井さんの新たなスタート地点となった。退院後の生活を想定した課題を取り入れ、多職種と連携しながら、着実に一歩ずつ前へ進んでいく。坂井さんの前頭葉機能リハビリは、まだまだ物語の途中なのだ…。

まとめ

前頭葉機能障害に対して行われる“FAB”は、中枢疾患の患者さんを対象とした作業療法の臨床場面でも比較的多く利用されている検査です。
でもその結果を点数という定量化するだけでなく、患者さんがどのように取り組んだか?どんな様子だったか?という定性的な評価の視点。
さらにその評価結果をどう活用するか?が重要になります。

少し振り返ってみます。

FABの目的

FAB(Frontal Assessment Battery)は、前頭葉機能の評価を目的とした簡便な神経心理学的検査であり、特に遂行機能や衝動抑制、柔軟な思考力、行動の適応力などを評価するために使用されます。
坂井さんのように、日常的なコミュニケーションには問題がないものの、約束をすぐに忘れたり、話が逸れたまま戻ってこなかったりする症状は、前頭葉機能の低下を示唆する可能性があるため、客観的な評価が必要となります。
FABを実施することで、単なる記憶障害なのか、それとも遂行機能や注意制御の問題なのかを明確にし、それに応じたリハビリテーションの方向性を決定することができます。
また、患者本人が自覚しにくい認知機能の低下を、具体的な課題を通じて可視化することで、本人の理解を促し、治療へのモチベーションを高めることが可能になります。

さらに、家族や医療スタッフと検査結果を共有することで、患者の特性に応じた適切な支援を行いやすくなり、日常生活での混乱を最小限に抑えることが期待されます。

検査の流れ

FABの検査は、6つの下位検査で構成されており、概念化課題(類似性)、語想起課題(流暢性)、運動系列課題(運動プログラミング)、葛藤指示課題(干渉への感受性)、GO/NO-GO課題(抑制コントロール)、把握行動課題の順に実施されます。
坂井さんの検査は、午前中のリハビリ後の落ち着いた時間帯に行われ、作業療法士のカナタが1つずつ丁寧に指示を出しながら進めました。
例えば、概念化課題では「リンゴとオレンジの共通点」を尋ねることで、抽象的な思考力を評価し、運動系列課題では「拳-手刀-掌」の動作を順序通りに繰り返すことで、遂行機能の状態を確認しました。
また、GO/NO-GO課題では、「1回の合図では手を叩くが、2回の合図では叩かない」という抑制課題を実施し、衝動抑制の能力を測定しました。

検査は、患者に過度な負担をかけないよう配慮しながら進められ、終了後には結果のフィードバックを行い、今後のリハビリの方針について説明しました。

検査結果の解釈

FABの結果は最大18点満点で評価され、各下位検査の点数を合計することで、前頭葉機能の全体的な状態を把握します。
坂井さんの検査結果は9点であり、特に運動系列課題やGO/NO-GO課題の得点が低く、遂行機能や衝動抑制の低下が認められました。
概念化課題では、具体的な共通点を挙げることはできましたが、抽象化のプロセスに時間がかかる傾向が見られました。
また、語想起課題では、最初は順調に単語を思い出せるものの、途中で詰まってしまい、語彙の流暢性の低下が示唆されました。
特にGO/NO-GO課題や把握行動課題では、指示を守ろうとしても無意識に衝動的な動作が出てしまうことがあり、衝動の抑制が難しくなっていることが明らかになりました。

これらの結果を踏まえ、カナタは坂井さんに「遂行機能や抑制コントロールに課題があるため、これを改善するリハビリを取り入れましょう」と説明し、今後の方針を話し合いました。

検査結果からの臨床的応用

FABの結果をもとに、坂井さんのリハビリでは遂行機能の向上と衝動抑制のトレーニングを中心に組み立てることになりました。
具体的には、遂行機能の訓練として、家事動作を用いた課題を設定し、洗濯物を畳む際に「手順を順守する」練習を行うことになりました。
また、スケジュール帳を活用し、日々の予定を確認しながら、計画的に行動する練習も取り入れました。
さらに、衝動抑制のトレーニングとして、トランプゲームやボードゲームなど、ルールを守りながら注意を持続させる活動を導入し、実生活での適応力を高めることを目指しました。
加えて、家族に対しては「口頭の指示だけではなく、書面で情報を伝える」「一度に複数の指示を出さず、段階的に伝える」といった対応策を提案し、日常生活での混乱を防ぐ工夫を促しました。

このように、FABの結果を実際のリハビリテーションに応用することで、坂井さんの認知機能を具体的な場面で改善することができるようになります。

チームアプローチ

FABの結果を活用し、作業療法士だけでなく、多職種のスタッフと連携して坂井さんの支援を行うことが重要となります。
カナタは、カンファレンスでFABの結果を共有し、各職種と連携することで、より包括的な支援を行うことを提案しました。
医師には、認知機能リハビリテーションの専門プログラムを併用することを提案し、看護師には、病棟での声かけをシンプルにし、混乱を防ぐ工夫を依頼しました。
また、ソーシャルワーカーとは、退院後の支援体制について話し合い、デイケアの活用や訪問リハビリの導入を検討しました。
このように、各職種が役割を分担しながら支援することで、坂井さんがスムーズに社会復帰できる環境を整え、家族の負担を軽減することも可能になります。

チームアプローチを通じて、多職種の視点を組み合わせ、より効果的なリハビリテーションを実施することが、FABを活用した支援の大きなメリットとなるのです。

FABは前頭葉機能を評価し、遂行機能や衝動抑制の低下を可視化することで、リハビリの方向性を決定し、家族や多職種と連携しながら患者の社会復帰を支援するための有効なツールなんですね。

関連文献

1.FAB(Frontal Assessment Battery)について
2.FAB(Frontal Assessment Battery)の臨床実践ガイド
3.FAB(Frontal Assessment Battery)のケーススタディ
>4.FAB(Frontal Assessment Battery)を活用したキャリア戦略
5.FAB(Frontal Assessment Battery)のコンテンツ
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