有痛弧徴候(Painful Arc Sign)は、肩関節を外転させた際に約60°~120°の角度で痛みが生じる現象です。
肩峰下インピンジメント症候群や腱板損傷の診断に利用され、適切な治療が必要です。
本記事ではこの症状や原因、治療などについて解説します。
有痛弧徴候とは?
有痛弧徴候(painful arc sign)とは、肩関節を外転させた際に、特定の角度範囲内で痛みが発生する現象です。
具体的には、上肢を挙げる動作で約60°~120°の間に痛みが出現し、この角度を超えると痛みが軽減することが特徴です。
この徴候は、肩峰下インピンジメント症候群の評価に用いられることがあります。
インピンジメント症候群は、肩の周囲の組織が圧迫されることによって起こる炎症や変性を指し、特に肩峰下を通過する腱板が摩擦や圧迫を受けることで痛みが生じます。
有痛弧徴候は、このような肩の病態を示す重要な指標の一つとされています。
有痛弧徴候の症状
有痛弧徴候の症状が現れる状況には以下のようなものがあります。
- 肩を挙上する時、または挙上した位置から下す時、60°〜120°の角度で痛みを感じる
- 肩を動かすと痛みや引っ掛かりがある
- 夜間、特に寝返り時や患部を下側にすると痛みが増す
- 腕を後ろに回し、背中を触ることができない
それぞれ解説します。
肩を挙上する時、または挙上した位置から下す時、60°〜120°の角度で痛みを感じる
肩を挙上する時、または挙上した位置から下す時に60°〜120°の角度で痛みが生じるのは、有痛弧徴候の典型的な症状です。
この角度範囲は、肩関節内の腱板や滑液包が肩峰下で圧迫されやすい位置にあるためです。
この現象は、肩峰下インピンジメント症候群の診断において重要な指標となります。
痛みは、この角度を超えると軽減することが特徴的であり、この特徴を利用して診断が行われます。
適切な治療を行うことで、この痛みを軽減し、肩の機能を回復させることが可能です。
肩を動かすと痛みや引っ掛かりがある
有痛弧徴候の症状の一つに、肩を動かすと痛みや引っ掛かりがあることが挙げられます。
特に肩を上げたり、外転させたりする動作で痛みを感じることが多く、これが日常生活において大きな支障となることがあります。
この痛みは、肩の周囲の組織が炎症を起こし、圧迫されることによって引き起こされます。
引っ掛かり感は、肩関節内の腱板や滑液包が狭窄しているために生じることがあり、スムーズな動きを阻害します。
このような症状がある場合、肩関節のインピンジメント症候群を疑い、適切な診断と治療が必要です。
夜間、特に寝返り時や患部を下側にすると痛みが増す
有痛弧徴候のもう一つの症状は、夜間に痛みが増すことです。
特に寝返りを打ったり、患部を下側にして寝たりすると痛みが強くなることが特徴です。
これは、肩の周囲の炎症が夜間に静止状態で悪化しやすいためです。
また、寝返りによって肩関節に圧力がかかり、痛みが増すことがあります。
この夜間痛は、患者の睡眠の質を大きく損ない、日中の疲労感やストレスの原因となるため、適切な対策が必要です。
夜間痛を軽減するためには、患部をサポートする枕の使用や適切な寝姿勢の調整が効果的です。
腕を後ろに回し、背中を触ることができない
有痛弧徴候の症状として、腕を後ろに回し、背中を触ることができないという制限があります。
これは、肩の可動域が制限されているためで、特に肩関節の内旋や外転が難しくなります。
この制限は、肩関節周囲の腱板や滑液包の炎症や損傷によって引き起こされます。
日常生活において、背中を触る動作は衣服の着脱や背中の洗浄などの基本的な動作に影響を及ぼします。
このような可動域の制限がある場合、理学療法やストレッチングを通じて可動域の改善を図ることが重要です。
有痛弧徴候の原因
有痛弧徴候の原因としては…
- 繰り返し動作によるインナーマッスルの炎症や断裂(腱板断裂)
- 年齢性の骨の棘や骨折後の変形、石灰の沈着による病的な衝突
- 肩をよく使うスポーツ選手に見られる投球動作などによる影響
- 加齢に伴う退行変性
- 棘上筋が、上腕骨大結節・両峰・烏口肩峰靭帯などから摩擦を受ける
…という状況があげられます。
それぞれ解説します。
繰り返し動作によるインナーマッスルの炎症や断裂(腱板断裂)
有痛弧徴候の原因の一つに、繰り返し動作によるインナーマッスルの炎症や断裂、特に腱板断裂が挙げられます。
腱板は肩関節を安定させるための重要な筋肉群であり、繰り返しの動作や過度の使用によって負担がかかり、炎症や損傷が生じます。
これにより、肩を動かす際に痛みが発生し、特定の角度で有痛弧徴候が見られます。
腱板断裂は、肩の可動域や力を大きく制限し、日常生活に支障をきたすことが多いです。
このような場合、理学療法や手術による治療が検討されます。
年齢性の骨の棘や骨折後の変形、石灰の沈着による病的な衝突
有痛弧徴候のもう一つの原因は、年齢に伴う骨の棘(骨棘)や骨折後の変形、そして石灰の沈着による病的な衝突です。
これらの変化は肩関節内のスペースを狭くし、肩峰下での組織の圧迫を引き起こします。
特に石灰沈着性腱炎などでは、石灰が腱板に沈着し、炎症と痛みを引き起こすことがあります。
これにより、肩を動かす際に特定の角度で痛みが発生しやすくなります。
このような症状は、画像診断を通じて確認され、必要に応じて石灰の除去や骨の棘の削除が行われます。
肩をよく使うスポーツ選手に見られる投球動作などによる影響
肩をよく使うスポーツ選手、特に投球動作を頻繁に行う選手に有痛弧徴候が多く見られるのは、これらの動作が肩関節に大きな負担をかけるためです。
野球の投手やテニスのサーブなどでは、肩の反復運動が必要となり、腱板やその他の肩関節周囲の組織にストレスがかかります。
この過度の使用が炎症や損傷を引き起こし、有痛弧徴候として現れることがあります。
スポーツ選手の場合、適切なトレーニングやストレッチングが予防に重要であり、症状が出た場合は早期の治療とリハビリテーションが必要です。
加齢に伴う退行変性
有痛弧徴候は五十肩とは異なり、強い腕の運動、例えばテニスのサーブや野球の投球動作などで多発しますが、加齢に伴う退行変性でも起こり得ます。
若年者においては、スポーツや重い荷物を持ち上げる動作によって肩関節に負担がかかりやすく、それが原因で炎症や痛みが生じます。
一方で、高齢者では肩関節の構造が自然に退行し、筋肉や腱が弱くなり、容易に損傷を受けることがあります。
このため、年齢に関係なく有痛弧徴候が発生する可能性があり、早期の診断と対応が重要です。
棘上筋が、上腕骨大結節・両峰・烏口肩峰靭帯などから摩擦を受けること
有痛弧徴候の原因として、棘上筋が上腕骨大結節や両峰、烏口肩峰靭帯などから摩擦を受けることも挙げられます。
棘上筋は肩関節の安定性に重要な役割を果たしますが、これらの構造との摩擦によって炎症や痛みが生じることがあります。
この摩擦は肩の動きによって増強され、特に60°〜120°の角度で顕著になります。
摩擦による損傷は、肩の使い方や姿勢、筋力バランスの問題から生じることが多く、これらの問題に対する適切なアプローチが必要です。
治療には、理学療法や場合によっては手術が考慮されます。
有痛弧徴候の検査
有痛弧徴候の検査としては肩を挙上したり、下ろしたりしながら、痛みの出る角度を調べる方法があげられます。
その他の方法として…
- Drop Arm Sign(腕落下徴候)
- Neer法
- Hawkins法
…といった検査も併せて行うとより包括的に検査、評価することができます。
それぞれ解説します。
Drop Arm Sign(腕落下徴候)
Drop Arm Sign(腕落下徴候)は、医師が患者の腕を持ち上げた後、手を離したときに、患者が上がった腕をキープできなかったり、痛みが出現すると陽性となる検査です。
この検査は、腱板断裂によって肩を支えることができないことを示します。
腱板は肩の安定性と運動において重要な役割を果たしており、その損傷は肩の機能に大きな影響を与えます。
Drop Arm Signの陽性反応は、腱板断裂の可能性を示唆し、さらなる詳細な診断と治療が必要です。
この検査は、腱板の完全断裂や部分断裂を疑う際に有効です。
Neer法
Neer法は、肩峰下インピンジメント症候群の診断に用いられる検査です。
患者の後方に立ち、肩甲骨を上から押さえつつ、もう一方の手で肩を内旋位で他動的に上げる方法です。
この動作で痛みがあれば、Neer法陽性となります。
Neer法の陽性反応は、肩峰下での腱板や滑液包の圧迫を示唆し、インピンジメント症候群の存在を示します。
Neer法は、肩関節の動きを制限する痛みの原因を特定するために有効であり、適切な治療計画を立てるための重要な情報を提供します。
Hawkins法
Hawkins法は、肩峰下インピンジメント症候群の診断に用いられるもう一つの検査方法です。
医師が患者の肘を90度まで外転し、内旋を加えたときに痛みがあれば、Hawkins法陽性となります。
この検査は、肩峰下での腱板や滑液包の圧迫を確認するためのものです。
Hawkins法の陽性反応は、肩関節のインピンジメント症候群の存在を示し、肩の痛みの原因を特定するのに役立ちます。
Hawkins法は、Neer法とともに使用されることが多く、両者の結果を総合して診断が行われます。
有痛弧徴候への治療
有痛弧徴候への治療として…
- 安静
- 薬物療法
- 関節内注射
- 物理療法
- リハビリテーション
- 関節鏡視下手術
- 肩峰除圧術
…があげられます。
それぞれ解説します。
安静
有痛弧徴候の治療の基本として安静が挙げられます。
肩関節を動かさないように固定することで、炎症が鎮まり、痛みが軽減されることが期待されます。
必要に応じて、サポーターやスリングを使用して肩を固定し、過度の動きを防ぎます。
この安静期間中は、無理に肩を動かさず、痛みの悪化を避けることが重要です。
安静を保つことで、自然治癒力が働き、肩の回復を促進することができます。
薬物療法
薬物療法としては、非ステロイド系消炎鎮痛剤(NSAIDs)の内服や湿布剤を使用することが一般的です。
これらの薬物は、炎症を抑え、痛みを軽減する効果があります。
NSAIDsは、急性期の痛みや炎症を速やかに鎮めるのに有効で、患者の生活の質を向上させます。
また、局所的に作用する湿布剤は、患部に直接貼ることで、副作用を抑えつつ効果を発揮します。
適切な薬物療法により、日常生活の中での肩の痛みをコントロールすることが可能です。
関節内注射
関節内注射は、有痛弧徴候の痛みや炎症を迅速に緩和するための治療法です。
ステロイド注射は、強力な抗炎症作用を持ち、短期間で痛みを和らげる効果があります。
また、ヒアルロン酸ナトリウム注射は、関節の潤滑性を高め、痛みを軽減する作用があります。
これらの注射は、特に重度の炎症や痛みを抱える患者に対して有効であり、リハビリテーションの効果を高めるための準備段階としても使用されます。
注射による治療は、医師の管理下で慎重に行われます。
物理療法
物理療法には、温熱療法や超音波治療が含まれます。
温熱療法は、患部を温めることで血行を促進し、筋緊張の緩和や炎症の軽減を図ります。
一方、超音波治療は、超音波を利用して深部組織を温め、血流を改善し、痛みを和らげる効果があります。
これらの物理療法は、患者の痛みを軽減し、リハビリテーションの効果を高めるために使用されます。
定期的な物理療法は、肩の回復を促進し、日常生活への早期復帰を支援します。
リハビリテーション
リハビリテーションは、有痛弧徴候の治療において重要な役割を果たします。
ストレッチや運動療法を通じて、肩関節の可動域を拡大し、筋力を強化します。
リハビリテーションは、肩の機能を回復し、再発を防ぐために不可欠です。
理学療法士の指導のもと、適切なエクササイズプログラムを実施することで、肩の動きを改善し、痛みを軽減します。
リハビリテーションの継続は、患者の長期的な健康と肩の機能維持に寄与します。
関節鏡視下手術
関節鏡視下手術(ARCR)は、断裂した腱板を修復するための手術方法です。
肩関節鏡を使用して、最小限の切開で腱板の損傷部分を修復し、上腕骨頭に固定します。
この手術は、腱板断裂が原因で有痛弧徴候が見られる場合に有効です。
手術後は、リハビリテーションを通じて肩の機能を回復し、再発を防ぐことが重要です。
関節鏡視下手術は、侵襲が少なく、回復が早いことが特徴です。
肩峰除圧術
肩峰除圧術は、インナーマッスルの滑走スペースを広げるために骨の屋根を削る手術です。
肩峰下での組織の圧迫を緩和し、痛みを軽減する効果があります。
この手術は、肩峰下インピンジメント症候群の重症例や他の治療法が効果を示さない場合に行われます。
肩峰除圧術後は、リハビリテーションを通じて肩の機能を回復し、日常生活への早期復帰を目指します。
この手術は、肩の可動域を改善し、痛みを大幅に軽減する効果があります。