縁上回(Supramarginal Gyrus)は、頭頂葉に位置する脳の一部で、感覚情報の統合、言語理解、作業メモリーなど、複数の高次脳機能に関与しています。
本記事ではこの縁上回について解説します。
縁上回とは
縁上回(えんじょうかい、supramarginal gyrus)は、大脳の頭頂葉に位置する重要な脳回で、言語理解や感覚情報の統合において中心的な役割を果たしています。
縁上回は、外側溝の上行枝の末端部を囲むように存在し、隣接する角回とともに下頭頂小葉を構成します。
この領域は、ブロードマンの脳地図における40野に多くの重なりを持ち、特にウェルニッケ野の一部として言語処理に関与しています。
縁上回の役割・働き・機能
縁上回は、高次脳機能において非常に重要な役割を担う脳の領域です。
縁上回が関わる主な機能として…
- 言語理解
- 感覚情報の統合
- 作業メモリー
- 学習
- 触覚
…などがあげられます。
それぞれ解説します。
言語理解
縁上回は、言語理解において重要な役割を果たしており、特にウェルニッケ野の一部として知られています。
この領域は、聴覚や視覚から得られる言語情報を処理し、言葉の意味を理解するために不可欠です。
言語理解のプロセスには、単語の音や形を認識するだけでなく、それらを文脈に基づいて解釈する機能も含まれており、縁上回はこれらの高度な処理を支えています。
さらに、言語生成にも関与しており、自分の考えや感情を適切な言葉で表現する能力をサポートします。
結果として、縁上回はコミュニケーションの円滑さを維持し、他者との効果的な対話を可能にする中心的な役割を担っています。
感覚情報の統合
縁上回は、体性感覚連合野から送られる感覚情報や視覚情報を統合し、物体や環境を認識する機能を持っています。
この領域では、視覚、聴覚、触覚など複数の感覚情報が一元化され、外界の状況を包括的に把握するための基礎が築かれます。
縁上回は特に空間認知に重要であり、自分の身体と周囲の空間との関係を理解する能力を支えています。
また、身体図式の形成にも関与し、自分の身体各部位の位置や大きさに関する情報を統合します。
これにより、身体の動きや姿勢の制御、外部環境との相互作用が円滑に行われるようになります。
作業メモリー
縁上回は、作業メモリー(短期的な情報の保持と操作)においても重要な役割を果たしています。
この領域は、特に言語や視覚的な情報を一時的に保持し、必要に応じてその情報を操作する能力をサポートします。
例えば、複雑な指示を聞いてそれを順番に実行する際には、縁上回が関与する作業メモリーの機能が必要不可欠です。
作業メモリーは、日常生活や学習において頻繁に使用されるため、縁上回の健康はこれらの認知機能にとって非常に重要です。
また、この機能が劣化すると、情報の保持や処理に困難を感じることが増え、認知機能の低下が見られることがあります。
学習
縁上回は、特に動作を伴うスキルの習得において、学習のプロセスを支援します。
この領域は、身体の動きを計画し、それを実行するためのフィードバックを処理することで、スキルの練習や習得を促進します。
例えば、新しいスポーツや楽器の演奏技術を習得する際、縁上回は動きの繰り返しを通じて、その動作を効率的に遂行できるように神経回路を最適化します。
これにより、学習したスキルが身体に定着し、習熟度が向上します。
また、縁上回は学習過程でのエラー修正にも関与し、動きの正確性を向上させるための重要なフィードバックを提供します。
触覚
縁上回は、触覚情報の処理においても中心的な役割を果たしています。
具体的には、触覚を通じて得られる情報を統合し、物体の形状や質感を認識するために重要です。
この処理には、皮膚から受け取った感覚データを脳内で解析し、それを物体の特徴として認識する一連のプロセスが含まれます。
また、縁上回は触覚による空間認識を支援し、自分の身体がどのように空間内で位置しているかを理解するのに役立ちます。
触覚の処理は、物理的な世界との相互作用を円滑に行うために不可欠であり、縁上回はこれらの感覚データを高度に統合して、日常生活での活動を支えています。
縁上回の障害が引き起こす可能性のある症状
縁上回は、高次脳機能において重要な役割を担っているため、その障害は様々な神経症状を引き起こす可能性があります。
主なものとして…
- 失語症
- アレクシア(失読症)
- 半側空間無視
- 身体失認
- 着衣失行
- 失読失書
- 失算
- Gerstmann症候群
- 構成失行
- 観念失行
- 観念運動失行
…などがあげられます。
それぞれ解説します。
失語症
縁上回の障害は、言語の理解や表現に影響を与え、失語症を引き起こす可能性があります。
特に伝導失語症では、患者は言葉の理解や自発的な言語表現が保たれているにもかかわらず、単語の繰り返しが極めて困難になります。
この障害は、言語の音韻情報を正確に処理し、保持する能力が損なわれることで生じます。
また、他者の話す言葉を理解する能力にも支障をきたし、日常会話が難しくなることがあります。
これにより、コミュニケーションにおける困難が大きくなり、社会生活においても大きな影響を及ぼします。
アレクシア(失読症)
縁上回の損傷は、アレクシア、すなわち文字を読む能力の低下を引き起こすことがあります。
この症状は、文字や単語を視覚的に認識し、意味を理解するプロセスが障害されることによって生じます。
患者は、個々の文字を識別できても、それらをスムーズに組み合わせて単語として認識することが難しくなるため、読み書きに大きな困難を感じます。
特に、日常生活や仕事での読み書きの必要性が高い場合、この障害は生活の質に深刻な影響を与えることがあります。
また、他の認知機能と併存することも多く、症状の複雑さが増すことがあります。
半側空間無視
縁上回の障害により、半側空間無視が発生することがあります。
この症状は、身体や周囲の空間の片側を無視する状態を指し、例えば左側の物体や人に気づかないなどの行動が見られます。
半側空間無視は、食事の際に片側の食べ物を残してしまったり、歩行中に片側にある障害物にぶつかるといった形で現れます。
この障害は、日常生活の中での独立性を大きく損なう可能性があり、患者の安全性にも影響を与えることがあります。
また、半側空間無視は脳卒中後に見られることが多く、リハビリテーションが必要となるケースが多いです。
身体失認
縁上回の損傷は、身体失認を引き起こすことがあり、これは自分の身体の一部を認識できなくなる状態を指します。
患者は、自分の腕や脚が自分のものであるという認識を持てず、時にはそれを「他人のもの」と感じることさえあります。
この障害は、自己認識や身体イメージに関連する脳の機能が損なわれることで生じ、日常生活における自己管理や動作に深刻な影響を与えます。
例えば、身体失認のある患者は、自分の身体の一部を適切に使用することができなくなり、簡単な動作や作業が困難になります。
この症状は、神経学的なリハビリテーションを通じて部分的に改善することが可能ですが、長期的なサポートが必要です。
着衣失行
縁上回の障害は、着衣失行という症状を引き起こす可能性があり、これは服を脱いだり着たりする動作がうまくできなくなる状態です。
この障害は、服の正しい着方や順序を理解し、実行する能力が損なわれることで生じます。
例えば、患者はシャツを逆さに着ようとしたり、服を完全に着ることができなかったりすることがあります。
この状態は、日常生活での基本的な自己管理能力に大きな影響を及ぼし、患者の自立性が低下します。
リハビリテーションや支援が必要となり、適切な介護や環境の調整が求められることが多いです。
失読失書
縁上回の損傷によって失読失書が引き起こされることがあります。
この障害は、読み書きの両方が困難になる状態を指し、特に文字の認識や記述が大きく影響を受けます。
失読は、文字を読んで意味を理解する能力が低下し、失書は、文字を書く際に正確な形や順序を保つことが難しくなる状態です。
これにより、患者は日常生活でのコミュニケーションや記録保持に著しい困難を感じることがあります。
また、他の認知障害と併存することが多く、複合的なリハビリテーションが必要になるケースが多いです。
失算
縁上回の障害は、失算と呼ばれる計算能力の低下を引き起こすことがあります。
失算は、数の理解や計算の実行に困難を感じる状態であり、簡単な加減乗除さえもスムーズに行うことができなくなります。
これは、数値の概念や計算の手順を理解し、実行する脳内の機能が損なわれることで生じます。
日常生活において、買い物や金銭管理、時間の計算など、数を扱う場面で困難が生じるため、患者の生活の質に重大な影響を与えることがあります。
リハビリテーションでは、数の概念を再学習し、計算能力の回復を目指す支援が行われます。
Gerstmann症候群
縁上回の損傷は、Gerstmann症候群を引き起こすことがあります。
この症候群は、失読、失書、失算に加えて、手指失認(指の識別ができない)や左右失認(左右が区別できない)といった複数の症状が複合的に現れるものです。
Gerstmann症候群の患者は、文字を読むことや書くことが困難であり、数を扱う能力も低下します。
また、左右の区別がつかないため、方向感覚に障害が生じることもあります。
この症候群は、生活全般において大きな支障をもたらし、特に日常的な作業や移動に困難が伴うことが多いです。
構成失行
縁上回の障害は、構成失行という症状を引き起こし、三次元の構成や複雑な図形の模写が困難になることがあります。
患者は、簡単な図形や物体の形を正確に再現することができず、全体の形や配置を把握する能力が損なわれます。
これにより、日常生活での組み立て作業やデザインに関連する活動が難しくなることがあります。
また、構成失行は、他の認知障害と併存することが多く、診断や治療においても複雑なアプローチが必要になることがあります。
リハビリテーションでは、視覚的な訓練や運動の再学習が行われ、機能回復を図ることが試みられます。
観念性失行
縁上回の障害により、観念性失行が発生することがあります。
この症状は、日常的な一連の動作を適切に計画し、実行する能力が低下する状態を指します。
例えば、コーヒーを淹れる際に、カップを持つ前にお湯を注ごうとするなど、動作の順序が混乱し、結果的に目的を達成できないことがよく見られます。
この障害は、複数のステップからなる行為を計画する脳の機能が損なわれることで生じ、患者の自立した生活を困難にします。
リハビリテーションでは、日常的な動作の再学習と、動作をステップごとに分解して訓練するアプローチが取られます。
観念運動性失行
縁上回の障害は、観念運動性失行を引き起こし、指示された動作を正確に行うことができなくなる状態を生じさせます。
この症状は、患者が特定の動作を指示されたときに、それを正確に再現することが難しくなるものです。
例えば、簡単な指示であっても、手順が混乱し、意図した動作ができないことがよくあります。
観念運動性失行は、日常生活での活動に大きな影響を与え、指示通りに行動することが困難になるため、支援や介護が必要となることがあります。
リハビリテーションでは、動作の模倣や反復訓練を通じて、失われた機能の回復を目指す取り組みが行われます。
縁上回のリハビリ・鍛える方法
縁上回は、高次脳機能に関わる重要な部位であり、その機能低下は日常生活に大きな影響を与える可能性があります。
そのため、縁上回の機能回復を目的としたリハビリテーションが重要です。
ここではその方法として…
- 感覚統合訓練
- 空間認知訓練
- 注意訓練
- 言語訓練
- 運動機能訓練
- 計算訓練
それぞれ解説します。
感覚統合訓練
感覚統合訓練は、複数の感覚を同時に刺激することで、縁上回の機能を強化するリハビリ手法です。
多感覚刺激では、視覚、聴覚、触覚などを同時に刺激することで、感覚情報を統合し、処理する能力を高めます。
例えば、視覚的なパターンを描きながら特定の音を聞き、同時に触覚刺激を与えることで、脳内での感覚統合を促進します。
体性感覚刺激では、皮膚や身体各部位に直接刺激を与えることで、身体感覚を呼び覚ますことができます。
これにより、患者は自身の身体と周囲環境との相互作用をより効果的に認識できるようになり、感覚統合の機能が向上します。
空間認知訓練
空間認知訓練は、縁上回の空間認識能力を強化するためのリハビリ手法です。
視空間認知課題では、パズルや迷路、ブロック積みなど、空間的な関係性を把握する課題を通じて、患者の空間認知能力を高めます。
これにより、空間内での物体の位置や関係性を正確に把握する力が向上します。
左右判別訓練では、左右の区別を意識的に行うことで、左右の認識能力を強化します。
例えば、左右の手を交互に叩いたり、左右の耳に指を当てて音を聞き分けるといった訓練が効果的です。
身体図式訓練では、患者が自分の身体の各部位の位置や大きさを意識することで、身体図式の再構築を促進し、身体認識能力を改善します。
注意訓練
注意訓練は、縁上回が関与する注意機能を強化するためのリハビリ手法です。
選択的注意訓練では、特定の刺激に注意を集中させることで、注意の焦点を狭め、重要な情報を選び取る能力を高めます。
例えば、特定の色や形のものだけを探したり、雑音の中から特定の音を聞き分ける訓練が有効です。
持続的注意訓練では、注意を一定時間持続させることに焦点を当てます。
例えば、一点を見続けたり、課題を中断せずに続けることで、長時間にわたって注意を維持する能力が向上します。
これにより、日常生活や作業環境での集中力が高まり、ミスや注意散漫を減らすことが期待されます。
言語訓練
言語訓練は、縁上回が関与する言語理解と表現の能力を強化するリハビリ手法です。
言語理解訓練では、文章を読んだり聞いたりしてその内容を理解する能力を向上させることを目的としています。
患者はテキストや音声素材を使用して、言語情報を正確に理解する力を鍛えます。
また、言語表現訓練では、自分の考えや感情を言葉で表現する力を高めるための練習が行われます。
例えば、絵を見て物語を作ったり、会話練習を通じて、自然な言語表現を養うことができます。
これにより、コミュニケーション能力が向上し、社会的な関わりの場面での自信が増すことが期待されます。
運動機能訓練
運動機能訓練は、縁上回が関与する運動の計画と実行の能力を強化するためのリハビリ手法です。
運動計画訓練では、患者が複雑な動作を計画し、それを実行する能力を高めます。
例えば、ブロックを積み上げる課題や迷路をたどる活動が効果的です。
これにより、動作の順序や正確さを改善し、日常生活での動作のスムーズさが向上します。
運動協調性訓練では、両手や両足を協調させて動作を行う能力を鍛えます。
例えば、ボールを投げたり、縄跳びをすることで、手足の動きの協調性が強化され、運動全般のパフォーマンスが向上します。
計算訓練
計算訓練は、縁上回が関与する計算能力の強化を目指すリハビリ手法です。
計算問題を解く訓練では、足し算、引き算、掛け算などの基本的な計算問題を通じて、数値の理解と計算能力を鍛えます。
これにより、患者は数値操作のスキルを向上させ、日常生活での数値関連のタスクをスムーズに行えるようになります。
また、数量概念の理解を深めるための訓練では、物体の数を数えたり、比較したりする活動が行われます。
これにより、数の概念を正確に把握し、計算の基礎的な理解を強化することができます。
縁上回の場所・部位
縁上回は、大脳の頭頂葉に位置する脳回の一つで、非常に重要な役割を果たしています。
具体的には、外側溝の上行枝の末端部を囲むように存在し、隣接する角回とともに下頭頂小葉を構成しています。
脳画像(CT・MRI)における縁上回の同定方法
脳画像(CTやMRI)で縁上回を正確に同定することは、神経疾患の診断や研究において非常に重要です。
しかし、脳の構造は複雑であり、特に縁上回は他の部位との境界が曖昧な場合もあるため、正確な同定には注意が必要です。
ここではこの同定方法として…
- 画像の準備
- 主要なランドマークの同定
- 縁上回の位置の特定
- 縁上回の確認
- 画像の確認
…というステップ別で解説します。
画像の準備
脳画像(CT・MRI)における縁上回の同定を行うためには、まず適切な画像を準備することが重要です。
通常、冠状断(前後方向の断面)や水平断(上下方向の断面)が使用され、これらの断面は脳内の構造を正確に捉えるために必要です。
CT画像は骨や出血を詳細に映し出すのに優れており、MRI画像は軟部組織や脳の構造を高解像度で表示するのに適しています。
これらの画像は、縁上回を含む頭頂葉の詳細な解析を行うための基礎となります。
画像の質が高いほど、より正確に縁上回を同定することができ、その後のステップに進むための準備が整います。
主要なランドマークの同定
縁上回を同定するための次のステップは、脳の主要なランドマークを見つけることです。
まず、外側溝(Sylvian fissure)を見つけることが重要です。
外側溝は脳の側面に位置し、前頭葉と側頭葉を分ける深い溝であり、縁上回の位置を把握するための重要な目印となります。
次に、中心溝(central sulcus)を探します。
中心溝は、前頭葉と頭頂葉を分ける溝であり、一次運動野と一次感覚野の間に位置します。
これらのランドマークを正確に特定することで、縁上回がどの位置にあるかを推測しやすくなり、後続のステップでの詳細な位置特定が容易になります。
縁上回の位置の特定
次に、縁上回の具体的な位置を特定するために、外側溝の後枝を見つけます。
縁上回は、この外側溝の後枝を取り囲むように位置しており、この特徴的な配置が同定のための重要なポイントです。
さらに、縁上回のすぐ後方に位置する角回(angular gyrus)を見つけることも必要です。
角回は、上側頭溝を取り囲むように存在し、言語機能に関わる重要な部位です。
縁上回と角回の相対的な位置関係を把握することで、より正確に縁上回を特定することができ、これにより正確な診断や治療計画が立てやすくなります。
縁上回の確認
縁上回を特定した後、その位置を確認することが重要です。
縁上回は、外側溝の後枝の上部に位置し、角回の前方にあります。
この位置関係を確認することで、縁上回を確実に同定することが可能となります。
縁上回は脳の複数の機能に関わる重要な領域であるため、その正確な位置を把握することは、臨床的な評価や治療において非常に重要です。
また、縁上回の位置を確認する際には、他の隣接する脳回との相対的位置も考慮することで、より高い精度での同定が可能になります。
画像の確認
最後に、縁上回の位置を確認するために、他の断面(例えば、矢状断)をチェックします。
これにより、縁上回の位置を再確認し、他の断面からもその正確な位置を確かめることができます。
複数の断面を使用することで、三次元的な脳の構造を理解し、縁上回の位置をより正確に特定することが可能です。
このプロセスは、縁上回の同定における確実性を高めるために重要であり、画像の確認を怠ることなく行うことで、診断の信頼性を向上させることができます。
なぜ縁上回の損傷が失行を引き起こすのか?
縁上回が損傷すると失行が起こる主な理由は、縁上回が複雑な運動の計画や実行において重要な役割を果たしているからです。
具体的にどのようなメカニズムで失行が引き起こされるのか、いくつかの理由としてここでは…
- 感覚情報の統合の障害
- 空間認知の障害
- 運動プランニングの障害
- Gerstmann症候群
…について解説します。
感覚情報の統合の障害
縁上回は、視覚、聴覚、触覚などの感覚情報を統合し、これを基に適切な行動を選択する役割を担っています。
この領域が損傷を受けると、これらの感覚情報を正確に処理・統合する能力が低下し、周囲の状況を把握するのが困難になります。
結果として、動作の計画や実行に必要な感覚的な基盤が不安定になり、失行の症状が現れることがあります。
具体的には、触覚や視覚に基づいて行動を計画する能力が損なわれるため、患者は目的のない動作や誤った動作を行うことが多くなります。
この感覚情報の統合の障害が、縁上回の損傷による失行の発症に大きく寄与しています。
空間認知の障害
縁上回は、空間認知にも深く関与しており、物体の位置や動きを正確に認識するために重要な役割を果たしています。
この領域が損傷すると、空間における物体や自分自身の位置を正確に把握する能力が低下し、結果として動作が不正確になったり、方向感覚が失われたりします。
例えば、自分の手や足の位置関係を把握できなくなることで、日常的な動作がぎこちなくなり、思い通りに身体を動かせなくなることがあります。
また、空間内での身体の配置を誤認することで、動作の誤りが増え、失行の症状が現れることが多くなります。
このように、空間認知の障害は、縁上回の損傷による失行の主な原因の一つです。
運動プランニングの障害
縁上回は、動作の計画や実行、特に運動の順序やタイミングを適切に計画する能力に関与しています。
この領域が損傷を受けると、患者は動作を計画する際に必要な目標設定が困難になり、結果として一連の動作がスムーズに行われなくなります。
例えば、動作の順序を適切に計画できなくなり、日常の動作が乱れたり、不要な動作を抑制することができなくなったりします。
さらに、目的達成に必要な動作のタイミングを計画する能力が低下するため、動作が遅れたり、不正確になったりします。
このように、運動プランニングの障害は、縁上回の損傷による失行の重要な要因となります。
Gerstmann症候群
縁上回の損傷は、Gerstmann症候群の一部として失行を引き起こすことがあります。
Gerstmann症候群は、失書、失算、手指失認、左右失認などの症状を特徴とする神経学的障害で、これらの症状が複合的に現れることで、患者の動作や認知機能に広範な影響を与えます。
特に、手指失認や左右失認があると、患者は手や指を正確に動かすことが難しくなり、日常生活における動作が著しく制限されることがあります。
この症候群に伴う失行は、縁上回が関与する複数の高次脳機能が損なわれることによって生じ、患者の生活の質に大きな影響を及ぼします。
Gerstmann症候群による失行は、他の認知障害と併存することが多いため、包括的な診断と治療が必要となります。
なぜ縁上回の損傷が失語を引き起こすのか?
縁上回が損傷すると、必ずしも失語が起こるとは限りませんが原因の一つにはなり得ます。
ここではその理由として…
- 言語理解の障害
- 感覚情報の統合の障害
- 伝導失語
- 弓状束の障害
…の観点から解説します。
言語理解の障害
縁上回は、言語理解において重要な役割を果たしており、特にこの領域が損傷すると、言語の意味を理解する能力が大きく低下します。
言語理解の障害は、患者が他者の話す言葉を正確に解釈できなくなるため、コミュニケーションに深刻な支障をきたすことになります。
特に、ウェルニッケ失語と関連して、縁上回が損傷された場合、言語の音韻的または意味的な処理が困難になることが多いです。
この結果、患者は話される内容を理解できず、会話の流れについていくことができなくなります。
縁上回の損傷による言語理解の障害は、日常生活において他者との効果的なコミュニケーションを大幅に制限し、社会的な孤立感を引き起こす可能性があります。
感覚情報の統合の障害
縁上回は、視覚、聴覚、触覚などの感覚情報を統合し、これらを基に言語処理を行う重要な機能を担っています。
この領域が損傷を受けると、感覚情報の適切な処理・統合が困難になり、その結果、言語の意味を理解するための情報が正しく統合されなくなります。
この障害は、言語処理全体に影響を及ぼし、患者は単語や文章の意味を正確に把握できなくなることがあります。
感覚情報の統合が適切に行われないため、言語の理解が断片的になり、会話の内容をつかむことが困難になります。
このように、縁上回の損傷による感覚情報の統合障害は、言語理解の基盤を揺るがし、失語の一因となります。
伝導失語
縁上回の損傷は、伝導失語を引き起こすことが知られています。
伝導失語は、患者が言語の理解や自発的な表現は保たれているものの、単語の繰り返しが極めて困難になる状態です。
縁上回は、音韻情報を処理し、それを正確に保持する機能を担っているため、この領域が損傷されると、言葉の音韻的な側面が破壊され、言葉を正確に再現することが難しくなります。
これは、患者が他者の言葉を聞いても、それを正確に繰り返すことができず、会話が途切れる原因となります。
伝導失語は、縁上回とその周辺の神経回路が正常に機能しないことによって発生するため、縁上回の損傷が直接的にこの状態を引き起こすことが明らかです。
弓状束の障害
縁上回は、言語を司る脳の各部位を結ぶ弓状束(arcuate fasciculus)と密接に関連しています。
弓状束は、ブローカ野(言語表現を担当)とウェルニッケ野(言語理解を担当)を結ぶ重要な白質線維束で、言語の伝達を担っています。
この弓状束が損傷されると、ブローカ野とウェルニッケ野の連携が不十分になり、言語の伝達に支障をきたします。
縁上回が損傷されることで弓状束の機能が影響を受けると、言語の理解と表現の連携が失われ、結果として失語を引き起こすことがあります。
特に、言語の流暢さや言葉の正確な再現が難しくなるため、日常会話における言語の連続性が途切れがちになることが特徴です。
縁上回と角回の違い
縁上回と角回は、どちらも頭頂葉の下頭頂小葉に属する重要な脳部位ですが、それぞれ異なる機能を持ち、脳画像上でも異なる位置関係にあります。
ここではこの違いについて…
- 位置
- 機能
…からそれぞれ解説します。
縁上回と角回の位置の違い
縁上回(Supramarginal Gyrus)と角回(Angular Gyrus)は、どちらも大脳の頭頂葉に位置していますが、その位置には明確な違いがあります。
縁上回は、外側溝の後枝を取り囲むように位置し、頭頂葉の後部、側頭葉との境界付近に位置しています。
これは、縁上回が頭頂葉の前部に位置する中心溝に比べて後方にあり、側頭葉に近接していることを意味します。
一方、角回は縁上回のさらに後方に位置し、上側頭溝を取り囲むように存在します。
角回は、主に頭頂葉の後部にあり、後頭葉との境界にも近く、視覚情報の処理や言語機能に深く関わる位置にあります。
このように、縁上回と角回は頭頂葉の中でも隣接しつつも異なる役割を果たす部位に位置していることが特徴です。
縁上回と角回の主な機能の違い
縁上回と角回は、どちらも頭頂葉に位置しながら、異なる機能を担っています。
縁上回は、主に感覚情報の統合、言語理解、そして作業メモリーに関与しています。
具体的には、体性感覚連合野からの感覚や視覚情報を統合し、物体認識や言語の意味理解をサポートします。
また、短期的な情報を保持し操作する作業メモリーにも重要な役割を果たしています。
これに対して、角回は言語処理、特に読み、書き、計算といった高度な認知機能に深く関わっています。
さらに、後頭葉からの視覚情報を受け取り、言語に関連する視覚情報の処理も行います。
角回の損傷はGerstmann症候群を引き起こし、失書、失算、手指失認、左右失認といった症状を引き起こすことがあります。
このように、縁上回は主に感覚情報の統合と短期記憶に関与するのに対し、角回は言語処理や視覚情報の処理において中心的な役割を果たしています。