TMT(トレイルメイキングテスト)のケーススタディ

TMT(Trail Making Test)をより臨床で実践的に活用するには、なによりも知識だけでなくイメージ力が必要です。
そこでこのケーススタディではTMTをテーマに短編小説として書いてみました。


プロローグ

リハビリ室の大きなガラス窓から差し込む午後の日差しが、穏やかな光を床に落としていた。――70歳になる吉田さん(仮名)は、今日も決まった時間に病院の作業療法室へと足を運んでくる。かすかな緊張感をにじませながら、「こんにちは」と控えめに頭を下げた。

吉田さんは6か月前に軽度の脳梗塞を発症し、いまは退院後の外来リハビリを続けている。普段は落ち着いた物腰だが、最近「買い物をするときに何を買っていいのか混乱する」「料理の段取りがうまくいかず、時間がかかりすぎてしまう」と困っているようだ。奥様によれば「忘れっぽくなった」「手順をしばしば間違える」ということで、日々の生活に不安を感じ始めているという。

作業療法士であるカナタは、そんな吉田さんの様子を見ながら頭の中で検査計画を整理する。今日はTMT(Trail Making Test)と呼ばれる検査を行う予定だ。処理速度や遂行機能の状態を把握し、実際の生活にどう影響しているかを探るためである。


静かなリハビリ室でのTMT

午後2時。いつもより少しゆったりとした時間帯に、カナタは吉田さんをリハビリ室の個室へ案内した。検査に集中できるよう、外からの騒音がほとんど聞こえない静かな空間を用意してある。

「今日は認知の検査をやってみましょうか」とやさしい口調で話しかけると、吉田さんは少し緊張した面持ちになった。「ええ、お願いします。最近、物忘れも多くて…。ちゃんとできるか心配なんだけど」と自分のおでこを指先でトントンと叩いてみせる。

「大丈夫ですよ。テストというよりも、いまの状態をいっしょに確認するためですからね」とカナタは努めて和やかな雰囲気になるよう気を配りながら、TMTの練習用プリントを広げる。

TMT-A

まずはTMT-A。1から25までの数字を順番に線で結んでいく課題だ。「1はここ、次は2を探して線でつないでくださいね。3、4…と順番にやっていきましょう」。吉田さんは丁寧な手つきで線を引き始めた。しかし、しばしば数字を探すのに時間をかけている様子がうかがえる。

最終的にTMT-Aを終えたときの所要時間は55秒。平均的には40秒前後で終わることが多い。吉田さんは少し息をついて、「探すのに時間がかかっちゃいました」と苦笑いを浮かべた。

「ゆっくりでもいいですよ。次はもう少し複雑な課題をやってみますね」とカナタは声をかけた。

TMT-B

次はTMT-Bだ。今度は数字とひらがなを交互につないでいく。具体的には「1→あ→2→い→3→う…」といった具合だ。

吉田さんがペンを持ち直して、1を探す。その隣にある「あ」を結ぶ。少しうなずきながら、今度は「2…」と紙の上を目で追っていく。最初は順調に進んでいるように見えたが、途中で1回違う文字につなごうとして手が止まった。

「えーと…次は数字でしたよね?」と自信なさげにカナタのほうを振り返る。「そうですね、数字とひらがなを交互にですよ」と優しく促すが、吉田さんは何度か迷いながら線を引き進めていく。結局2回ほど明らかなエラーがあり、そのたびに修正をしてもらった。

終わってみると、TMT-Bの所要時間は175秒。世代や年代にもよるが、同年代の平均では110秒前後が目安なので、かなり時間を要している印象だ。

「ふう…結構疲れますね、これ。何度もどこにつなぐか迷ってしまいました」と吉田さんは眉間に軽いしわを寄せる。カナタは記録用紙に丁寧に結果を書き込みながら、「少し難しい検査でしたよね。でも、今の状態を把握するのにとても大事なんです」と声をかけた。


結果の考察と日常生活への影響

結果を見ると、まずTMT-Aで55秒というのは、同年代の平均的な40秒前後に比べると少し遅い。処理速度が低下している可能性があると考えられる。一方でTMT-Bでは175秒かかり、エラーが2回見られた。さらに途中でかなり迷う場面があった。数字と文字を交互につないでいく“切り替え”やワーキングメモリの側面がうまく働いていないことが示唆される。

カナタは吉田さんに結果をやんわりと説明しながら、生活のどんな場面に影響が出ているのか確認した。

「買い物のとき、何を買うんだったか急に忘れてしまうことがあるんですよね?」
「ええ、そうなんです。メモを書いてても、どこにしまったか分からなくなって…」

「料理のとき、例えば材料を複数同時に準備したり、火加減と味付けを考えながら進めていくのも苦手なられました?」
「最近、すごく時間がかかってね。気づいたら妻が手伝ってくれていることも多くなりました」

思い当たることがたくさんある様子だ。TMT-Bの結果から推測される遂行機能の低下が、日常の具体的な場面で現れているのだろう。

作業療法プランの検討

「吉田さん、お話を聞いていると、買い物や料理でも複数の手順を同時にこなすところに少し負担がかかっているようですね。でも、トレーニングや工夫をすればきっとやりやすくなりますよ」

カナタはそう言いながら、今後のプランを頭に思い浮かべていく。TMTの結果を踏まえ、遂行機能を補うために具体的なサポートを取り入れていきたい。

手順の視覚的提示

料理の手順をリスト化する。材料を使う順番や工程を簡潔にまとめ、キッチンの見やすい場所に貼る。
買い物リストを作り、必要なものを事前に書き出してから外出する。文字だけでなく、イラストを添えてもよい。

認知的負荷を調整した課題

まずはシンプルな料理から始めて段階的に工程を増やし、複数のタスクをこなす練習をする。
計画を立てて買い物するシミュレーション課題を作業療法の場で行い、どういうステップで何を買えばいいかを一緒に考えながら実践する。

遂行機能トレーニング

小さな目標を立てて、それを達成するための手順を自分で考えてもらう。途中での切り替えが必要になったとき、どのように対処するか一緒に練習する。
デュアルタスクを意識したトレーニング(例えば、何かの作業をしながら簡単な計算や会話を同時に行う)などで認知的柔軟性を高める。

家族へのアドバイス

奥様には、無理にすべてを任せるのではなく、材料の仕分けや準備を手伝いながら吉田さんができる工程を増やしていく工夫をお願いする。
「献立を先に決めてから材料を分けてテーブルに置いておく」「チェックリストを活用する」などの具体的な提案をする。

具体的にはこの4つのプランだろう。
あとはこの検査結果を、チーム内で共有する必要がある。


チーム連携

翌日、カナタは院内のカンファレンスルームで担当医や看護師、言語聴覚士など多職種が集まるミーティングに参加した。そこでTMTの結果や、吉田さんが日常生活で困っている具体的な場面を説明する。

医師への報告

「TMTで遂行機能の低下が確認できました。処理速度も少し低下しています。必要に応じて追加の認知機能検査や画像検査を検討していただきたいです」

看護師への情報共有

「ご自宅でのADLは自立していますが、IADLにやや不安があります。特に買い物や料理など。転倒リスクなどにも注意するよう外来の時に家族にもお声がけお願いします」

言語聴覚士との連携

「言語理解や記憶の面で課題がないか、STの視点から評価をお願いいたします。必要に応じてトレーニングを検討しましょう」

社会福祉士への相談

「IADLの低下により、今後の在宅生活を継続するうえで介護保険サービスなどの利用が必要になるかもしれません。ご家族の負担も含め、地域包括支援センターへの連携を検討してください」


吉田さんと家族への説明

翌週、外来リハビリの合間に吉田さんと奥様に検査結果をわかりやすく説明した。日常生活で感じる不便さを一つひとつ振り返りながら、こうすればもっとやりやすくなるかもしれない、というアイデアを共有していく。

「最初は面倒に思うかもしれませんが、手順を書いておくと実際にやるときに頭がごちゃごちゃしなくて済むんです。慣れてきたら少しずつリストを減らしていけばいいので」

奥様も深くうなずき、「そうですね、最近はカナタがついつい先回りしてやってしまいがちでした。なるべく主人ができるところは、ちゃんとやらせてあげたいです」と言ってくれた。吉田さんも「最初は戸惑うけど、少しずつやってみましょうか」と前向きな笑みを見せてくれた。


エピローグ

ある日の外来リハビリ終了後、吉田さんと奥様がそろってカナタのもとを訪れた。手には書き込まれた買い物リストが握られている。

「先生、こないだ教えてもらった買い物リスト、使ってみたら意外とスムーズにできましたよ。ちょっとだけ迷ったけど、ちゃんと全部買って帰れたんです」と嬉しそうな表情で話す。

「よかったですね!工程を整理すると、たとえ時間はかかっても間違いなく実行できるはずです。次は料理の手順リストも作ってみましょう。どんな料理が得意なんですか?」

吉田さんは少し照れながらも、「和食なら煮物なんかが好きですね…。一度リストを作って、じっくりやってみます」と答える。奥様も「一緒にやりましょう」と微笑む。

TMTの結果から見えてきたのは、処理速度の低下と、遂行機能の困難さ。だが、それは「できない」という烙印ではなく、「よりよい支援を考えるきっかけ」になる。この日も、作業療法室の窓からは優しい陽射しが差し込み、吉田さんと奥様が小さな手応えを得て帰っていく様子を、カナタはしばらく見送っていた。

――かすかに花の香りが漂う春の午後だった。
作業療法士として、吉田さんが生活の中で再び自信と楽しみを取り戻せるよう、カナタもこの物語の続きを紡いでいくのだ。

1.TMT(Trail Making Test)について
2.TMT(Trail Making Test)の臨床実践ガイド
3.TMT(Trail Making Test)のケーススタディ
>4.TMT(Trail Making Test)を活用したキャリア戦略
5.TMT(Trail Making Test)のコンテンツ
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THERABBYを運営している臨床20年越えの作業療法士。
行動変容、ナッジ理論、認知行動療法、家族療法、在宅介護支援
ゲーミフィケーション、フレームワーク、非臨床作業療法
…などにアンテナを張っています。

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