臨床でよくみられる症状に”クローヌス”があります。
本記事ではこのクローヌスの原因や発生メカニズム、治療法などについて解説します。
クローヌスとは?
クローヌスとは、筋肉や腱を不意に伸張したときに生じる規則的かつ律動的に筋収縮を反復する運動のことで、間代と訳されます。
中枢神経性障害においてしばしば併発します。
クローヌスの評価、確認方法
錐体路障害がある場合に確認されやすいクローヌスですが、神経学的診断では膝蓋間代、足間代(足クローヌス)を検査することが多くあります。
特に足クローヌスは錐体路障害がある場合に観察しやすいとされています。
アキレス腱が縮んだ状態(足関節底屈、つま先立ちのような状態)から急に足底を上に押し上げると、下腿三頭筋のクローヌスが起こります。
この際足部が上がったり下がったりする運動(足関節の底背屈)を数回繰り返します。
これはアキレス腱の深部腱反射が亢進していることと同じ意義があり、5回以上の持続的なクローヌスは異常と考え錐体路障害があることを示しています。
クローヌスの発生メカニズムについて
では、このクローヌスはどのように起こるのでしょうか?
クローヌスの正確な発生メカニズムは複雑で、複数の仮説が提案されています。
ここでは、2015年のI. Boyrazらの報告1)より…
- 自己興奮仮説(Self-Excitation Hypothesis)
- 中枢発電機活動仮説(Central Oscillator Hypothesis)
…の2つを解説します。
自己興奮仮説(Self-Excitation Hypothesis)
この”自己興奮仮説”によれば、クローヌスは中枢神経系内での特定の神経回路の自己興奮に起因するとされています。
神経回路が過剰に興奮することで、運動ニューロンが過度に活動し、筋肉がリズミカルに繰り返し収縮する現象が生じるとされています。
この自己興奮は通常は制御されていますが、異常な状態ではこの制御が失われることが考えられています。
中枢発電機活動仮説(Central Oscillator Hypothesis)
また、”中枢発電機活動仮説”によれば、クローヌスは中枢神経系内の一種の発電機活動によって引き起こされるとされています。
これは、下位運動ニューロンのリズミカルな刺激が周辺の神経回路に影響を及ぼし、筋肉の繰り返し収縮と弛緩を引き起こすメカニズムです。
この発電機活動は、運動ニューロンが正常に制御されている場合でも、特定の条件下で活性化されることがあります。
クローヌスが発生する疾患は?
クローヌスは、中枢神経系の障害によって引き起こされることが多いです。
臨床では…
- 脳卒中
- 脊髄損傷
- 多発性硬化症
- パーキンソン病
- 筋萎縮性側索硬化症(ALS)
- 脊髄小脳変性症(SCD)
…などの疾患でみられることがあります。
それぞれ解説します。
脳卒中
脳卒中は、脳の血流が突然遮断されることによって生じる脳の障害です。
これには、脳の動脈が詰まる虚血性脳卒中と、動脈が破れて出血する出血性脳卒中があります。
脳卒中によって脳の特定の領域が損傷を受けると、その領域が制御する体の部分に様々な神経障害が発生します。
クローヌスは、脳卒中の患者でしばしば見られる症状で、特に錐体路が影響を受けた場合に顕著です。
錐体路は運動ニューロンを通じて運動指令を脳から筋肉に伝える重要な経路であり、この経路が損傷すると、筋肉の制御が失われて異常な反射や持続的な筋収縮が引き起こされます。
脳卒中の患者におけるクローヌスは、リハビリテーションの過程で神経学的評価を行う際に重要な指標となります。
脊髄損傷
脊髄損傷は、脊髄に直接的なダメージが加わることで生じる障害です。
外傷や事故、腫瘍、感染症などが原因となり得ます。
脊髄は脳と体の間で情報を伝達する主要な経路であり、その損傷は運動機能や感覚機能の喪失を引き起こします。
特に、錐体路が損傷されると、クローヌスのような異常反射が発生することがあります。
脊髄損傷によるクローヌスは、持続的な筋収縮と弛緩を特徴とし、患者の生活の質に大きな影響を与える可能性があります。
治療には、リハビリテーションや理学療法が含まれ、損傷の範囲や重症度に応じて個別のプランが策定されます。
多発性硬化症
多発性硬化症(MS)は、中枢神経系における自己免疫疾患です。
この病気では、免疫系が誤って神経細胞を覆うミエリン鞘を攻撃し、炎症と損傷を引き起こします。
結果として、神経インパルスの伝達が妨げられ、運動機能や感覚機能に様々な障害が生じます。
MSの患者では、錐体路が影響を受けることがあり、これによりクローヌスが発生することがあります。
MSによるクローヌスは、急性期の再発や進行性の病態に伴って出現し、持続的なリズミカルな筋収縮として観察されます。
治療は、病状の進行を抑制する免疫調節薬や、症状の管理を目的としたリハビリテーションが中心となります。
パーキンソン病
パーキンソン病は、中枢神経系の神経変性疾患で、特に黒質と呼ばれる脳の領域のドーパミン産生ニューロンが減少することによって特徴付けられます。
この病気は、震え、筋肉の硬直、動作の遅れ、姿勢の不安定さなどの運動症状を引き起こします。
パーキンソン病の患者において、錐体外路系の障害が進行すると、クローヌスのような異常な反射が見られることがあります。
クローヌスは、リズミカルな筋収縮と弛緩の繰り返しであり、通常は足関節や膝関節で観察されます。
治療は、ドーパミン作動薬の投与や深部脳刺激療法などが行われ、症状の緩和を目指します。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、運動ニューロンが選択的に変性する進行性の神経変性疾患です。
上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの両方が影響を受けるため、筋力低下、筋萎縮、痙攣、反射亢進などの多様な症状が現れます。
特に上位運動ニューロンの障害によってクローヌスが発生することがあり、これは持続的な筋収縮と弛緩の繰り返しとして現れます。
ALSのクローヌスは、錐体路の損傷を示す重要な徴候であり、神経学的評価において診断の一助となります。
治療は対症療法が中心で、病気の進行を遅らせる薬剤やリハビリテーションが行われます。
脊髄小脳変性症(SCD)
脊髄小脳変性症(SCD)は、脊髄や小脳を含む中枢神経系の神経細胞が徐々に変性する遺伝性または特発性の神経変性疾患群です。
この病気は、運動失調、歩行障害、筋力低下などの運動機能障害を引き起こします。
SCDの患者では、錐体路が損傷されることがあり、これによりクローヌスが発生することがあります。
クローヌスは、リズミカルな筋収縮と弛緩を繰り返す現象で、特に足関節で顕著に見られます。
SCDの治療は、対症療法とリハビリテーションが中心で、病気の進行を遅らせることを目的とした薬物療法や、機能的な改善を目指す理学療法が行われます。
クローヌスの治療法は?
クローヌスの治療法は、症状の原因や重症度に応じて様々なアプローチが考慮されます。
ここでは一般的なクローヌスの治療法として…
- 薬物療法
- リハビリテーション
- 脊髄注入療法
- 手術治療
…について解説します。
薬物療法
ダントロレンナトリウム: 筋緊張を緩和するための筋弛緩剤として使用されます。中枢神経系への影響は少ないため、運動ニューロンの興奮を抑える効果があります。
チザニジン: 中枢神経系に影響を及ぼすことなく、筋緊張を緩和するための薬剤です。
バクロフェン: 筋緊張を緩和するための薬剤で、中枢神経系に作用し、神経活動を調整します。脳卒中ガイドラインでも推奨されています。
リハビリテーション
リハビリテーションによるアプローチもクローヌスの管理に重要です。
これには運動の制御や筋力を改善するトレーニングが含まれます。
電気刺激を用いたリハビリテーションも効果的な場合があります。
脊髄注入療法
バクロフェンなどの薬剤を脊髄に直接注入する方法もあります。
これにより、脳への影響を避けつつ脊髄レベルでの神経興奮を調整することが可能です。
手術治療
痙縮による特定の症状に対して、手術治療が検討されることがあります。
例えば、内反尖足に対してアキレス腱の延長手術が行われることがあります。