注意障害の作業療法訓練の一つとして、”注意プロセストレーニング (APT)”があげられます。
本記事ではこのAPTについて解説します。
注意プロセストレーニング (APT)とは?
注意プロセストレーニング(Attention Process Training:APT)は、注意障害のリハビリテーションにおいて重要な役割を果たす訓練プログラムです。
このプログラムは、注意の4つの主要な機能である持続、選択、転換、分配の能力を向上させることを目的としています。
持続注意は、長時間にわたって集中を維持する能力で、APTではこの機能を強化するために単調な作業に取り組む訓練が行われます。
選択注意では、特定の刺激に焦点を当てながら他の刺激を無視する訓練が行われ、転換注意では、異なるタスク間での注意の切り替えがスムーズに行えるようにする訓練が組み込まれています。
最後に、分配注意の訓練では、同時に複数の情報に注意を配分する能力を強化し、注意力全般の向上を目指します。
APTの目的
注意プロセストレーニング(APT)は、注意力を改善することを目的とした訓練プログラムです。
具体的にここでは…
- 注意機能の改善
- 日常生活における機能の改善
- 他の認知機能の改善
- QOL(生活の質)の向上
- その他の期待される効果
…について解説します。
注意機能の改善
注意プロセストレーニング(APT)の主な目的は、注意機能を高めることです。
まず、環境に対して意識を向ける「覚醒状態」の改善を目指します。
次に、特定の刺激に集中する「集中」の能力向上が図られ、これにより日常的な注意散漫を防ぎます。
また、「持続」機能を鍛えることで、長時間にわたり集中力を維持する能力を高めます。
さらに、複数の刺激の中から特定のものに集中する「選択」注意、異なるタスク間での注意の切り替えをサポートする「交互」注意、そして複数のタスクを同時に行う「分割」注意の改善が重視されます。
これらの注意機能全般の向上により、APTは日常生活や仕事での効率向上を支えます。
日常生活における機能の改善
APTは、日常生活における機能改善を大きな目的としています。
例えば、業務においては複数のタスクを同時に処理する能力や、長時間の業務に対する集中力が高まるため、作業効率が向上します。
学習面では、授業や自習時に集中力が持続するようになり、結果として情報の理解や記憶が深まります。
また、コミュニケーション能力の向上にも寄与し、会話において相手の話に集中できるようになるため、より円滑な意思疎通が可能になります。
これらの改善により、日常生活全般での機能が向上し、ストレスが軽減されるとともに、自信を取り戻すことが期待されます。
他の認知機能の改善
APTによる注意機能の向上は、他の認知機能にも良い影響を与える可能性があります。
特に、注意力が向上することで、記憶力の改善が期待されます。注意が散漫にならないことで、より多くの情報を効率よく取り込み、記憶に残りやすくなるからです。
また、問題解決能力も向上し、必要な情報を的確に捉えて分析できるようになります。
これにより、複雑な状況に対しても冷静に対応し、適切な判断を下すことが可能となります。
APTは、注意力を高めることを通じて、認知機能全体を支える役割を果たします。
QOL(生活の質)の向上
APTの効果は、注意機能の改善にとどまらず、生活の質(QOL)の向上にもつながります。
日常生活での集中力や注意力が向上することで、ストレスが軽減されるだけでなく、自分の行動に対する自信が高まります。
また、タスクを効率的にこなせるようになるため、時間の余裕が生まれ、趣味や家族との時間を楽しむことができるようになります。
さらに、注意力の向上は仕事や学習の効率を高め、成果を出すことで自己肯定感が強まり、生活全般における満足感を向上させます。
結果として、APTは個々の生活の質を大幅に向上させる効果を持ちます。
その他の期待される効果
APTは、注意機能や認知機能の改善に直接寄与するだけでなく、感情や行動面にも影響を与えることが期待されます。
注意障害を持つ人々は、集中できないことから自信を失ったり、他者とのコミュニケーションで誤解を生んだりすることがありますが、APTを通じてこれらの問題が解消されることがあります。
また、タスクを効率的にこなすことで、達成感や満足感が得られ、モチベーションの向上にもつながります。
さらに、時間管理や自己管理能力が改善されることで、生活の中での安定感や充実感が増します。
APTは、注意力の向上を通じて、さまざまな側面での生活の質を底上げすることが期待されています。
APTの方法
- 持続性注意の訓練(Sustained Training)
- 選択的注意の訓練(Selective Attention)
- 代替性注意の訓練(lternating training)
- 分割性注意の訓練(divided attention)
それぞれ解説します。
持続性注意の訓練(Sustained Training)
一定の時間にわたって注意を維持する能力の訓練です。
この訓練には…
- number canceliation
- attenntion tapes
- serial number
…という方法があります。
Number Cancellation(数字の取り消し)
Number Cancellationは、一連の数字が含まれたリストやグリッドが提供され、特定の数字を見つけて取り消す課題です。
通常、被験者は指定された数字(例: 7)を見つけて線で取り消す作業を行います。
Number Cancellationの目的としては、被験者の視覚的な注意力と集中力を向上させることです。
数字を見つけ、取り消す作業は持続的な注意が必要であり、これにより注意力の訓練が行われます。
Attention Tapes(注意テープ)
Attention Tapesは、オーディオ録音を使用した訓練プログラムです。
被験者は指示に従い、特定の音や課題に注意を集中します。
指示には音声や音楽、語りかけなどが含まれることがあります。
この訓練プログラムの目的は、聴覚的な持続的な注意力を養成し、外部刺激に対する集中力を高めることです。
被験者は指示に従い、特定の音に反応する練習を行います。
Serial Number(連番の数字)
Serial Numberは、数字が連続して提示される課題です。
被験者は数字の連番を追跡し、特定の条件を満たす数字(例: 偶数だけ)に注意を払います。
この課題の主な目的は、数字の連番を追跡し、一貫した注意を保つ能力を向上させることです。
特定の条件を満たす数字に注意を集中することで、持続性のある注意力が鍛えられます。
選択的注意の訓練(Selective Attention)
目的に関係する刺激に注意を向ける能力の訓練です。
この訓練には…
- shape cancellation with distractor overlay
- number cancellation with distractor overlay
- attention tapes (with background noise)
…という課題があります。
Shape Cancellation with Distractor Overlay(選択的注意の形状取り消し課題 with ディストラクターオーバーレイ)
この課題では、被験者に複数の図形(通常は特定の形状、例: 円や四角)が描かれたリストやグリッドが提示されます。
被験者の仕事は、特定の形状(目標)を見つけて取り消し、同時に他の形状(ディストラクター)を無視することです。
ディストラクターは、目標を見つける際に邪魔になる要素です。
この課題の主な目的は、選択的な視覚的な注意力を向上させることです。
被験者は目標形状に焦点を合わせ、同時にディストラクターを無視するトレーニングを行います。
Number Cancellation with Distractor Overlay(選択的注意の数字取り消し課題 with ディストラクターオーバーレイ)
この課題は、数字のリストやグリッドが提示され、被験者に特定の数字(目標)を見つけて取り消す作業を行います。
しかし、ディストラクターとして他の数字も同時に表示され、それらは目標の発見を困難にします。
この課題の主な目的は、選択的な注意力と集中力を高めることです。
被験者は目標数字を特定し、ディストラクターを無視する能力を向上させます。
Attention Tapes (with Background Noise)(選択的注意の音声テープ with バックグラウンドノイズ)
この訓練プログラムでは、オーディオ録音が使用され、被験者は特定の指示に従って注意を集中します。
このバリエーションでは、バックグラウンドノイズ(例: 騒音、雑音)が追加され、被験者が指示に集中する際に外部刺激が存在します。
この課題の主な目的は、選択的な聴覚的な注意力を向上させることです。
被験者は指示に集中し、バックグラウンドノイズを無視して作業を行う練習をします。
代替性注意の訓練(lternating training)
刺激や課題に応じて注意を切り替える能力の訓練です。
- flexible shape cancellation
- flexible number cancellation
- odd and even number identification
- addition subtraction flexibility
- set dependent activity
…という課題があります。
Flexible Shape Cancellation(柔軟な形状取り消し)
この訓練では、被験者は柔軟なアプローチを用いて、指定された形状を取り消す課題を行います。
柔軟性を養うため、形状や色などが変化する場合があります。
この課題は、柔軟性を持った注意と判断力を向上させることを目的としています。
被験者は状況に応じて異なる形状を取り消すスキルを養います。
Flexible Number Cancellation(柔軟な数字取り消し)
この課題では、柔軟なアプローチを使用して、指定された数字を取り消す作業が行われます。
数字の位置や順序が変化する場合があります。
この課題は、被験者が柔軟な注意力を発展させ、数字の取り消しに関する柔軟性を向上させることを意図しています。
Odd and Even Number Identification(奇数と偶数の識別)
被験者は数字のリストから奇数と偶数を識別し、それらを分類します。
この課題では数字の識別と分類が行われます。
この課題は被験者の数字に関する識別力と分類能力を向上させ、柔軟な注意力を鍛えます。
Addition Subtraction Flexibility(加算減算の柔軟性)
被験者は数学的な計算を行いますが、計算方法(加算または減算)が柔軟に変化します。
被験者は指示に従って正しい計算方法を選択します。
この課題は被験者の計算スキルと柔軟性を向上させ、数学的な注意力を養います。
Set Dependent Activity(集合依存型アクティビティ)
この課題は、被験者が特定の集合に関する情報を扱います。
被験者は集合に関するタスクを実行し、集合内のアイテムを識別します。
この課題は被験者の集合に関する注意力と識別力を向上させ、集合の特性を理解する能力を養います。
分割性注意の訓練(divided attention)
複数の刺激や課題に同時に注意を分ける能力の訓練です。
- dual tape and cancellation task
- card sort
Dual Tape and Cancellation Task(二重テープと取り消しタスク)
この訓練では、被験者は二つの異なる課題を同時に実行します。
一方の課題はテープの配置に関連し、もう一方の課題は取り消しタスクに関連します。
被験者は二つの異なる情報を同時に処理する必要があります。
この課題は、被験者の分割性注意を向上させることを目的としています。
彼らは複数の課題を同時に管理し、注意のリソースを適切に割り当てる方法を学びます。
Card Sort(カードソート)
この課題では、被験者は一連のカードをさまざまな基準に基づいてソートする必要があります。
基準はタスクごとに異なり、被験者はカードを適切なカテゴリに割り当てる必要があります。
この課題は被験者の柔軟性、分割性注意、認知切り替えの能力を向上させることを意図しています。
被験者は異なる基準に従ってカードをソートする際に、注意力と判断力を鍛えます。
これらの分割性注意の訓練課題は、複数のタスクや情報を同時に処理する能力を向上させるのに役立ちます。
注意の分割性を高め、認知の柔軟性を促進するために使用されます。
APTの一環として、注意プロセスの改善と注意障害の管理をサポートします。
APTの注意点
注意プロセストレーニング(APT)は、注意力を改善するための有効な手段ですが、いくつか注意すべき点があります。
ここでは…
- 個別化
- 段階的な進行
- モチベーションの維持
- 環境の整備
- 休憩の取り方
- フィードバックの提供
- 現実的な目標設定
…について解説します。
個別化
注意プロセストレーニング(APT)において、最も重要な要素の一つは個別化です。
注意障害の程度や特性は個人ごとに異なるため、全員に同じプログラムを適用するのではなく、個々のニーズに応じた調整が必要です。
たとえば、注意障害が軽度の人と重度の人では、訓練の内容や難易度が異なります。
訓練内容を個別にカスタマイズすることで、参加者の能力に合わせた最適なリハビリを行うことができ、より効果的な結果を期待できます。
個別化されたプログラムによって、各参加者の注意機能の改善が最大限に引き出されます。
段階的な進行
APTは、段階的に進行させることが大切です。
最初は簡単な課題から始め、参加者が成功体験を得ることでモチベーションを維持しやすくします。
その後、徐々に難易度を上げることで、注意機能の向上を促しながらも過度な負担を避けることができます。
例えば、初期段階では短時間の簡単な集中課題から始め、次第に複数の刺激が存在する中での選択的注意や分配注意の訓練に進めていくのが効果的です。
段階的な進行は、訓練の継続性と効果を高めるための重要な戦略です。
モチベーションの維持
注意プロセストレーニングを成功させるためには、参加者のモチベーションを維持する工夫が欠かせません。
注意障害を持つ人々にとって、訓練は時に退屈で難しいものに感じられることがあるため、定期的なフィードバックや小さな達成感を提供することが有効です。
例えば、訓練の成果を数値やグラフで視覚化し、目に見える形で進捗を示すことで、参加者のやる気を引き出すことができます。
また、訓練課題自体に楽しさやチャレンジ性を持たせることで、継続する意欲が高まります。
モチベーションを維持することで、APTの効果がより持続的に現れるようになります。
環境の整備
訓練を行う環境も、APTの効果に大きな影響を与えます。
特に、集中力を高めるためには、静かで集中しやすい場所が適しています。
雑音や外的な刺激が少ない環境で訓練を行うことで、参加者はより訓練に没頭でき、効果的な注意力向上が期待できます。
また、座り心地の良い椅子や、適切な明るさの照明など、物理的な環境も重要な要素です。
環境を整えることで、訓練の質を向上させ、参加者がリラックスして集中できる空間を提供することができます。
休憩の取り方
長時間の訓練は、逆効果になることがあるため、適切な休憩の取り方も考慮すべきです。
注意力は限られた資源であり、長時間の集中は精神的な疲労を引き起こし、パフォーマンスの低下を招きます。
そのため、訓練セッションの合間に短い休憩を挟むことで、注意力の持続をサポートし、効果的な訓練を続けることが可能になります。
一般的には、25〜30分ごとに5〜10分の休憩を取る「ポモドーロ・テクニック」が有効です。
休憩を取り入れることで、集中力を維持しながら訓練を進められます。
フィードバックの提供
定期的なフィードバックは、参加者の進捗状況を把握し、適切な調整を行うために不可欠です。
参加者は、自分がどの程度進歩しているかを知ることで、達成感を感じ、さらなる訓練に取り組む意欲が湧いてきます。
フィードバックは、数値的な成果だけでなく、訓練中の行動や反応に対しても行うと効果的です。
例えば、「このタスクでは特に注意力が向上している」といった具体的な指摘があると、参加者は自分の強みを認識しやすくなります。
フィードバックを通じて、訓練の目標達成に向けたモチベーションを保つことができます。
現実的な目標設定
APTを進める際には、現実的かつ達成可能な目標を設定することが大切です。
高すぎる目標は参加者に過度な負担をかけ、挫折感を生む可能性があるため、最初は小さなステップを踏みながら徐々に目標を高めていくことが推奨されます。
たとえば、最初の目標は「特定の刺激に5分間集中できるようになる」といった簡単なものから始め、その後、時間や難易度を少しずつ上げていくことが効果的です。
現実的な目標設定により、達成感を感じやすくなり、継続的な進歩を促すことが可能です。
参考
注意障害に対するAttention process trainingの紹介とその有用性
注意障害の臨床