バッドリーのワーキングメモリモデルは、短期記憶の動的なプロセスを複数のコンポーネントで説明します。
本記事ではこのモデルの構成要素や具体例などについて解説します。
バッドリーのワーキングメモリモデルとは?
バッドリーのワーキングメモリモデル(Baddeley’s Working Memory Model)は、人間の短期記憶の構造と機能に関する理論です。
アラン・バッドリーとグラハム・ヒッチによって1974年に提案されたこのモデルは、短期記憶を単一のストレージではなく、複数の部分で構成されたシステムとして考えます。
バッドリーのワーキングメモリモデルの構成要素
バッドリーのワーキングメモリモデルは、短期記憶を単一のユニットではなく、複数の独立した部分から成るシステムとして捉えます。
これにより、異なる種類の情報(言語的情報、視覚的情報など)が同時に処理される際の認知的なメカニズムを説明できます。
このモデルによると、ワーキングメモリは主に…
- 中央執行装置(Central Executive)
- 音声ループ(Phonological Loop)
- 視覚空間スケッチパッド(Visuo-Spatial Sketchpad)
- エピソードバッファ(Episodic Buffer)
…から成り立っています。
これらの成分は互いに独立して機能することができ、特定の認知タスクに応じて連携します。
それぞれ解説します。
中央執行装置(Central Executive)
中央執行装置はワーキングメモリモデルの中核を成す部分で、他のすべての部分を制御・調整する役割を担います。
この成分は注意の制御、情報の統合、決定のための情報処理を行い、複雑な思考や問題解決などの認知活動を可能にします。
中央執行装置は特に、複数のタスクを同時に処理する際や計画を立てる際に重要です。
この部分の機能障害は、注意障害や多動性障害などの認知障害に直接的な影響を与えることが知られています。
音声ループ(Phonological Loop)
音声ループは言語情報を短時間保持し、処理する役割を担います。
この成分はさらに二つのサブコンポーネント、即ち音声の繰り返し(Articulatory Control Process)と音響記憶庫(Phonological Store)から成り立っています。
音声の繰り返しは情報を音声的に反復することで記憶を新鮮に保ち、音響記憶庫は数秒間音声情報を保持します。
このループは言語の学習や新しい単語の記憶に特に重要であり、言語処理障害や読字障害の理解に役立てられています。
視覚空間スケッチパッド(Visuo-Spatial Sketchpad)
視覚空間スケッチパッドは視覚的または空間的情報を一時的に保持し、処理する機能を持ちます。
この部分は物体の位置や形、色、動きなどの情報を扱い、視覚的なイメージや空間的な配置を思い出すのに役立ちます。
また、空間的なナビゲーションや物を操作する際の視覚的なガイドとしても機能します。
この機能は、設計や建築、芸術などの分野でのスキルに直接関連しています。
エピソードバッファ(Episodic Buffer)
エピソードバッファは2000年にバッドリーによってモデルに追加されました。
この部分は他のワーキングメモリの成分からの情報を統合し、長期記憶との橋渡しを行います。
エピソードバッファは複合的な情報(例えば、経験した出来事や複数の情報源からのデータ)を一時的に保持し、それを意味のある単一のエピソードとして処理する能力を持っています。
この機能は、新しい経験を既存の知識と結びつけ、物語や記憶の形で保持することに寄与します。
バッドリーとは
アラン・バッドリー(Alan Baddeley)は、イギリスの心理学者で、特にワーキングメモリに関する研究で知られています。
彼は1934年に生まれ、ヨーク大学やケンブリッジ大学などで教鞭をとりました。
バッドリーのもっとも著名な業績は、1974年にグラハム・ヒッチと共に発表したワーキングメモリのモデルです。
このモデルは、短期記憶を単一の情報保持システムと見なす従来の見解に挑戦し、それを複数の相互作用するサブシステムから成るものと提案しました。
このモデルにより、バッドリーは記憶研究の分野に革新をもたらし、以降の研究に大きな影響を与えました。
彼のモデルは、認知心理学、神経心理学、教育心理学など、多くの分野で基盤となる理論として広く受け入れられています。
バッドリーはまた、記憶障害を持つ患者の研究にも取り組み、彼の研究は実際の臨床現場でも応用されています。
バッドリーのワーキングメモリモデルの具体例
「車椅子から立ち上がる際に車いすのフットレストに足を上げたまま立ち上がってしまい、転倒の危険が高い」という注意障害の患者の状況をバッドリーのワーキングメモリモデルを使って解析してみます。
ここで重要なのは、患者が複数の情報を同時に処理し、それを基に適切な身体動作を行う必要がある点です。
では、改めてバッドリーのワーキングメモリモデルの構成要素である…
- 中央執行装置(Central Executive)
- 音声ループ(Phonological Loop)
- 視覚空間スケッチパッド(Visuo-Spatial Sketchpad)
- エピソードバッファ(Episodic Buffer)
…に当てはめてそれぞれ解説します。
中央執行装置(Central Executive)
この構成要素は、情報の統合と認知資源の調整を行います。
注意障害のある患者の場合、中央執行装置の機能が不十分であるため、複数の課題を同時に処理するのが困難です。
立ち上がるという単純な動作も、フットレストから足を移動させる、バランスを取る、体重を支えるといった複数のステップを要求されるため、これらの情報を効率的に処理し、適切な順序で動作に移すことができない可能性があります。
音声ループ(Phonological Loop)
立ち上がる動作を行う際、音声ループは口頭での指示や自己指示(例えば「フットレストから足を下ろして、ゆっくり立つ」など)を利用して行動を支援することがあります。
注意障害がある場合、このような内部または外部からの音声指示を維持・反復する機能が低下している可能性があるため、必要な指示を記憶しておくことが難しくなります。
視覚空間スケッチパッド(Visuo-Spatial Sketchpad)
立ち上がる際には、視覚的な情報の処理も重要です。
患者は自分の足の位置やフットレストの位置を視覚的に認識し、それに基づいて動作を調整する必要があります。
視覚空間スケッチパッドの機能障害があると、これらの空間的情報を正確に処理することが難しくなり、結果として誤った動作につながることがあります。
エピソードバッファ(Episodic Buffer)
エピソードバッファは、これまでの経験から学んだ情報を新しい状況に適用する機能を担います。
注意障害のある患者は、過去にフットレストに足が引っかかった経験を新しい状況に活用するのが難しいかもしれません。
これは、経験から得た教訓を新しい状況に適用するプロセスがうまく機能していないためです。