恐怖回避モデル(fear-avoidance model) – 疼痛患者の障害像について

恐怖回避モデルは、疼痛患者の痛みと回避行動の相互関係を解明するための理論です。
痛みに関連する恐怖や不安が行動回避を引き起こし、身体・心理・社会的な機能の障害につながると考えられています。

本記事では、この恐怖回避モデルついて詳しく解説します。

恐怖回避モデル(fear-avoidance model)とは

恐怖回避モデル(fear-avoidance model)は、疼痛患者の「疼痛の悪循環」を説明するモデルです。
1983年にLethemらが提唱し、Johan W. S. Vlaeyenらが研究を発展させています。

このモデルでは、恐怖や不安が行動回避を引き起こし、身体・心理・社会的機能の障害につながるとされます。
そして、痛みに対する恐れから活動を避ける傾向が生じ、長期化することで身体的な機能低下や気分の落ち込みが起こり、さらに痛みが増強されるという悪循環が形成されます。

恐怖回避モデルの要素

この恐怖回避モデルを構成する要素には…

  • ネガティブな情動、不要な病気の情報
  • 破局的思考
  • 痛み関連不安
  • 過剰回避行動
  • 障害
  • 痛み体験
  • 不安なし
  • 対峙
  • 回復

…があります。
それぞれ解説します。

ネガティブな情動、不要な病気の情報

恐怖回避モデルにおける「ネガティブな情動(negative affectivity)」とは、疼痛に関連する恐怖や不安といった負の感情を指します。
疼痛を恐れることや痛みを避ける行動が増えると、患者の心理的なストレスが高まります。
これは、痛みに関連する活動や状況への過剰な反応や心配が生じることを意味します。

一方、「不要な病気の情報(threatening illness information)」とは、患者が疼痛に関連する情報を過度に取り入れることを指します。
これにはインターネットや他の人の経験談など、信憑性の低い情報も含まれます。
不適切な情報の受け入れにより、患者は病状や将来の結果に対して不必要な不安や恐怖を抱く可能性があります。

これらの要素は、恐怖回避モデルにおいて疼痛患者の心理的な側面を説明する重要な要素です。
ネガティブな情動や不要な病気の情報は、痛みに対する恐怖や不安を増幅させ、過剰な回避行動を引き起こす可能性があります。
適切な情報提供や心理教育を通じて、患者に正確な情報を提供し、不要な恐怖や不安を軽減することが重要です。

この要素への対応には認知行動療法などの介入プログラムを活用して、ネガティブな情動や不適切な情報処理に対処することが求められます。

破局的思考

恐怖回避モデルにおける「破局的思考(catastrophising)」とは、疼痛に対する過度な悲観的思考パターンを指します。
患者は痛みを非常に深刻なものとして認識し、状況を極端に悪化させるような考え方をします。
これにより、疼痛やその影響を大げさに捉える傾向があります。

この破局的思考は、恐怖や不安を増幅させることで、恐怖回避行動の発生や維持につながります。
患者は痛みが持続し、日常生活や活動に支障をきたすと予想し、悪い結果や被害を想定してしまいます。
このような思考は、疼痛の悪循環を強化し、患者の心理的・身体的・社会的な機能を制限する可能性があります。

この破局的思考という要素への対応にも、認知行動療法(CBT)などのアプローチを用いることが勧められます。
認知行動療法によって患者に対して思考のパターンを見直し、現実的でバランスの取れた考え方を促すことが目指されます。
これにより、過度な恐怖や不安を軽減し、回避行動の減少や生活の質の向上を支援します。

重要なのは、患者との共同作業を通じて、ネガティブな破局的思考を転換し、より健康的な心理的な側面を促進することが重要です。

痛み関連不安

恐怖回避モデルにおける「痛み関連不安」とは、疼痛に関連する不安や心配を指します。
疼痛患者は、痛みの強さや持続性、将来の結果などに対して不安を感じる傾向があります。
彼らは痛みが再び現れることや症状が悪化することを心配し、日常生活や活動を制限することで不安を軽減しようとします。

痛み関連不安は、恐怖回避行動の一部として現れることがあります。
患者は痛みによる制約や困難な経験を回避しようとし、不必要な活動制限や避ける行動をとる傾向があります。
これにより、彼らの不安感や心配が増大し、心理的なストレスが高まることがあります。

痛み関連不安の要素への対応としては、患者に対して情報提供や教育を行い、痛みに関する誤解や不正確な信念を解消することが重要になります。
認知行動療法やリラクゼーション法などの介入プログラムは、不安を軽減し、患者が痛みに対してより適切に対処できるよう支援します。

ここでもやはり、患者との共同作業により、痛み関連不安に対する個別の戦略や対処法を開発し、患者の心理的な側面をサポートすることが必要です。

過剰回避行動

恐怖回避モデルにおける「過剰回避行動」とは、疼痛を避けるために行動を制限したり、特定の活動や動作を回避する傾向を指します。
患者は痛みの再発や悪化を恐れて、日常生活や社会的な活動から身を引いたり、運動や特定の動作を避けることで痛みを回避しようとします。

過剰回避行動は、患者の生活の制約や活動の制限を引き起こす可能性があります。
これにより、身体的な機能の低下や筋力の減少、柔軟性の低下などが生じることがあります。
また、社会的な交流や参加の減少、生活の質の低下などにも影響します。

過剰回避行動は恐怖回避モデルの一部として理解され、恐怖や不安が回避行動を引き起こし、痛みと関連した機能の低下や生活の制約をもたらすと考えられます。

過剰回避行動への対処には、活動の増加や徐々に適切な運動や活動を再導入する方法が含まれます。
認知行動療法やリハビリテーションプログラムを通じて、患者に適切な活動の復帰や運動療法の導入を支援することが重要です。
また、情報提供や教育を通じて、痛みの再発や悪化への恐れを軽減し、適切な活動の継続を促すことも重要なアプローチとなります。

障害

恐怖回避モデルにおける「障害」は、疼痛に関連して生じる身体・心理・社会的な機能の低下や制約を指します。
具体的には、disuse(不活動)、depression(抑うつ)、disability(能力障害・社会生活への適応障害)が含まれます。

disuse(不活動)
疼痛によって引き起こされた不活動や運動制限を指します。
これによって筋力の低下や身体機能の制約が生じる可能性があります。

depression(抑うつ)
疼痛による心理的な負担や苦痛からうつ病が発症することを指します。
うつ病は気分の低下やエネルギー不足、興味や喜びの喪失などを特徴とし、疼痛と相互に関係し合うことがあります。

disability(能力障害・社会生活への適応障害)
疼痛によって引き起こされる社会的な制約や生活の制約を指します。
例えば、仕事や日常生活の遂行において機能的な制約や制限が生じることがあります。

これらの障害は、恐怖回避行動や痛み体験と相互に関連しながら、疼痛患者の生活や機能に影響を与えます。
恐怖回避モデルに基づくアプローチでは、これらの障害を軽減し、回復と生活の質の向上を目指すために、適切な評価と個別化された治療プランが重要とされています。

損傷

恐怖回避モデルにおける「損傷」とは、疼痛に関連して生じる身体的、心理的、および社会的な損傷や機能の低下を指します。
疼痛が患者の生活に与える影響は、損傷の形で表れることがあります。

身体的な損傷は、痛みによる身体機能の制限や活動制約、筋力の低下、運動能力の低下などを含みます。
心理的な損傷は、恐怖や不安の増大、うつ症状の悪化、自己効力感の低下などの心理的な側面に影響を与えます。
また、社会的な損傷は、社会的交流や参加の制約、仕事や家族生活への影響、生活の質の低下などを指します。

恐怖回避モデルでは、損傷が疼痛と回避行動の相互作用によって悪循環を形成すると考えられています。
痛みが回避行動を促進し、回避行動が機能の低下や制約を引き起こし、それがさらに痛みを増幅させるというサイクルです。

恐怖回避モデルに基づくアプローチでは、損傷の軽減や機能の向上を目指すことが重要です。
適切な評価と個別化された治療プランによって、患者の身体的、心理的、および社会的な損傷を解消し、回復と生活の質の向上を支援します。
継続的なサポートと教育を通じて、患者が健康的な生活スタイルを維持し、損傷のリスクを最小限に抑えることも重要です。

痛み体験

恐怖回避モデルにおける「痛み体験」とは、疼痛を経験する患者の主観的な痛みの感じ方やその意味を指します。
痛み体験は個人によって異なり、感じ方や評価は主観的な要素によって影響を受けます。

痛み体験は、疼痛に関連する心理的な要素や信念、感情などによっても影響を受けます。
患者が痛みを強く恐れる場合、痛みは脅威となり、心理的な不安やストレスを引き起こす可能性があります。
また、過去の痛みの経験や周囲のサポートの有無も痛み体験に影響を与えます。

恐怖回避モデルでは、痛み体験が疼痛の悪循環や回避行動に影響を与えると考えられています。
恐怖や不安によって痛みを回避しようとする行動が増えることで、痛み体験がさらに強化され、患者の生活や機能に影響を及ぼす可能性があります。

痛み体験へのアプローチでは、患者の痛みの評価や信念を理解し、痛みに対する認識の変容や認知の修正を促します。
また、感情やストレスの管理、リラクゼーション技法、認知行動療法などの介入を通じて、痛み体験の軽減や痛みへの対処能力の向上を支援します。
個別のケースに合わせた戦略と継続的なサポートが、患者の痛み体験の改善に貢献します。

不安なし

恐怖回避モデルにおける「不安なし」とは、疼痛を引き起こす状況や活動に対して、患者が恐怖や不安を感じずに参加できる状態を指します。
不安なしの状態では、疼痛に対する恐れや回避行動が最小限に抑えられ、患者は自由に日常生活や活動を行うことができます。

不安なしの状態を実現するためには、患者の痛みに関する信念や認識を見直し、適切な情報と教育を提供することが重要です。
また、リラクゼーション技法や認知行動療法の手法を活用して、恐怖や不安を軽減し、適切な活動や行動への参加を支援します。

不安なしの状態は、疼痛患者の生活の質や心理的な健康にとって重要です。
患者が疼痛に関連する恐怖や不安を克服し、自信を取り戻すことで、より充実した生活を送ることができるでしょう。
恐怖回避モデルでは、不安なしの状態を目指し、患者の回復と自己管理の能力を向上させるための個別化された介入プログラムが重要視されています。

対峙

恐怖回避モデルにおける「対峙」とは、疼痛や関連する恐怖や不安に積極的に立ち向かい、それに直面する行動を指します。
患者は痛みやその関連する状況に対して適切な対応を行い、回復や機能の向上を目指します。

対峙の概念は、恐怖回避モデルにおいて重要な要素です。
恐怖や不安が痛みを増強させるとされるため、過度な回避行動に陥らずに痛みに直面し、積極的な活動や動作を行うことが望ましいと考えられています。

対峙のアプローチでは、患者に対して恐怖や不安に対処するスキルや戦略を学ばせ、自己効力感を高めることが重要です。
認知行動療法やエクスポージャー(段階的暴露)などの手法を用いて、患者が痛みに直面し、その状況に適切に対処できるよう支援します。

対峙の結果として、患者は痛みによる制約や制限を克服し、生活の質や日常活動の復帰を実現することが期待されます。
対峙は恐怖回避モデルの中核的な要素であり、患者の回復と機能改善を促進するための重要なアプローチとなります。

回復

恐怖回避モデルにおける「回復」とは、疼痛患者が痛みや関連する恐怖や不安から解放され、機能や生活の質を改善する過程を指します。
回復は、恐怖回避行動の減少や適切な活動の復帰、心理的な健康の向上を含みます。

回復を実現するためには、患者が痛みに対して積極的に対処し、過剰な回避行動や恐怖を克服する必要があります。
これには、認知の修正、不必要な病気の情報の排除、適切な活動や運動の復帰などが含まれます。

回復は個々の患者にとって異なるプロセスであり、継続的な支援とケアが必要です。
医療専門家やリハビリテーションチームは、患者に対して個別化された介入プランを提供し、回復の過程をサポートします。

恐怖回避モデルでは、回復が恐怖や不安の軽減、機能の向上、生活の質の改善に繋がるとされています。
患者の意識と参加を促し、適切な支援と教育を通じて回復の目標を達成することが重要です。
回復は継続的な努力と協力が必要ですが、患者の生活において積極的な変化と成長をもたらす重要な過程です。

恐怖回避モデルと5D syndrome

この恐怖回避モデルは、慢性疼痛患者の心理的な側面を考慮した診断基準である5D syndromeにも適用されています。

この疼痛回避モデルを基礎に考えれば、疼痛を抱える患者さんの現段階、そしてどうすれば回復につながるのかを視覚化できるだろうね!
患者さん自身もこの回避思考モデルの図を見れば、自分が今どの要素の段階にいるのか客観視できるかもしれませんね!

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