標準化された感覚検査としてノッティンガム感覚評価(NSA)があげられます。
本記事ではこの検査の対象や目的、方法について解説します。
ノッティンガム感覚評価(Nottingham Sensory Assessment、NSA)は、1991年にイギリスのリンカーンらによって開発された感覚評価法です。
この評価法は、脳血管障害(CVD)後に生じる感覚障害を特定し、その回復状況をモニタリングすることを目的としています。
NSAでは、触覚、痛覚、温度覚など、体性感覚における基本的な感覚を詳細に評価することができます。
評価の際には、感覚の有無や程度を定量的に測定し、神経疾患による感覚障害の進行や改善を正確に把握するために用いられます。
特に脳卒中リハビリテーションの現場で幅広く活用されており、治療計画の立案や効果の評価において重要な役割を果たしています。
NSAの対象疾患
ノッティンガム感覚評価(NSA)は、主に中枢神経系の疾患によって生じる感覚障害の評価に用いられます。
具体的には、以下の疾患が対象となります。
- 脳卒中
- 脊髄損傷
- 多発性硬化症
- 脳腫瘍
- その他の神経疾患
脳卒中
脳卒中は、脳の血流が障害されることで感覚野が損傷を受け、感覚障害が生じる可能性があります。
特に触覚や温度覚、痛覚などの体性感覚が影響を受けやすく、日常生活に大きな支障をきたすことがあります。
NSAは、これらの感覚障害を詳細に評価し、障害の程度や部位を特定するために広く利用されています。
評価結果は、リハビリテーションの目標設定や治療の有効性を判断する上で重要な役割を果たします。
また、感覚の回復過程をモニタリングすることで、治療方針の見直しや調整にも役立てられます。
脊髄損傷
脊髄損傷は、損傷部位以下の体性感覚が遮断されることで、重度の感覚障害が生じることがあります。
NSAは、損傷のレベルや程度に応じた感覚障害の評価に役立ち、感覚の有無や変化を定量的に把握することができます。
この評価により、感覚障害の範囲を正確に特定し、リハビリテーションの計画を立てる基礎資料を提供します。
また、治療や訓練の成果を評価するための指標としても活用されます。
感覚回復の可能性を見極めるための重要なツールとして、医療現場で広く使用されています。
多発性硬化症
多発性硬化症は、中枢神経系における脱髄が原因となり、感覚障害が生じる慢性疾患です。
NSAは、感覚障害の分布や変化を評価し、症状の進行状況をモニタリングするために利用されます。
感覚障害の評価結果は、治療の効果や再発予防のための治療計画に反映されます。
また、患者の自覚症状と客観的な評価を組み合わせることで、より包括的な診断を行うことができます。
疾患の進行を追跡し、適切な介入を検討する上で重要な役割を担います。
脳腫瘍
脳腫瘍は、感覚野を圧迫または浸潤することで感覚障害を引き起こすことがあります。
NSAは、腫瘍の進行や治療の影響による感覚障害の変化を評価するために使用されます。
感覚障害の程度を正確に測定することで、治療の効果や症状の進行を客観的に判断できます。
さらに、リハビリテーションの計画や生活支援の方針を決定する際の参考資料となります。
患者のQOL(生活の質)を向上させるための重要な手段として、幅広く活用されています。
その他の神経疾患
頭部外傷や神経変性疾患など、さまざまな中枢神経系疾患もNSAの対象となります。
これらの疾患による感覚障害は多様であり、障害の程度や部位を評価することが治療において重要です。
NSAは、感覚障害の定量的な評価を通じて、リハビリテーション計画の立案や効果測定に貢献します。
また、障害の進行や回復過程を追跡することで、治療方針の見直しにも活用されます。
幅広い疾患に対応できる汎用性の高いツールとして、多くの医療現場で利用されています。
NSAの目的
ノッティンガム感覚評価(NSA)は、神経疾患によって生じた感覚障害の程度を客観的に評価するための尺度です。
この評価を通じて、以下の目的を達成することができます。
- 感覚障害の程度と分布の評価
- 神経損傷の部位と程度の推定
- 治療効果の評価
- 予後の予測
- 研究目的
- コミュニケーションの円滑化
…を目的に使用されます。
感覚障害の程度と分布の評価
NSAは、患者の感覚障害の程度を定量的に評価し、障害がどの程度の重さであるかを明確にします。
例えば、触覚、痛覚、温度覚などの感覚が「全く感じない」「鈍い」「正常」といった形で分類されます。
さらに、障害が身体のどの部位に分布しているかを特定することで、治療の方針を具体化する基礎資料を提供します。
このような詳細な評価により、障害の影響を受ける範囲が明確になり、個別化されたリハビリ計画が可能となります。
感覚評価は、患者の症状を理解し、適切な介入を行うための重要な第一歩です。
神経損傷の部位と程度の推定
感覚障害のパターンから、損傷している神経系の部位や程度を推定することが可能です。
例えば、脳卒中による感覚障害は脳の感覚野の損傷を、脊髄損傷による感覚障害は特定の脊髄部位の損傷を示唆します。
NSAは、これらの損傷部位を正確に推測するための有効なツールとして機能します。
診断の補助だけでなく、リハビリや治療計画の決定にも重要な役割を果たします。
この情報は、医療スタッフが患者に適切な治療を提供するための基盤となります。
治療効果の評価
治療前後で感覚障害の状態を比較し、治療の有効性を客観的に測定できます。
例えば、リハビリテーションや薬物療法後の感覚改善度をNSAで評価することで、治療の進捗を確認します。
感覚障害の改善がみられる場合は、現在の治療計画を継続する判断材料となります。
一方で、効果が見られない場合は、新たなアプローチを検討する指標としても役立ちます。
治療成果を患者や家族に具体的に説明する際にも、この評価が信頼できる基礎資料を提供します。
予後の予測
感覚障害の程度や回復の速さから、患者の今後の機能回復の可能性を予測します。
例えば、治療初期段階で感覚が徐々に回復している場合、リハビリの継続が予後を良くする可能性があります。
一方で、感覚障害が固定的である場合は、補助具や環境調整が必要となる場合があります。
この予測に基づいて、患者や家族に将来の見通しを説明し、現実的な期待値を共有することが可能です。
予後予測は、治療やリハビリ計画を柔軟に調整するための重要な手がかりとなります。
研究目的
NSAは、感覚障害のメカニズムや新しい治療法の効果を研究する際の重要な評価ツールです。
例えば、感覚障害を伴う脳卒中や神経変性疾患の研究において、その病態や進行を理解するために利用されます。
さらに、新しい治療法やリハビリテーション技術の有効性を検証するための基盤としても活用されます。
この評価を通じて得られたデータは、学術論文や臨床研究における重要なエビデンスとして位置づけられます。
臨床と研究の橋渡しをするツールとして、医療と科学の発展に貢献しています。
コミュニケーションの円滑化
NSAは、患者の感覚障害に関する情報を医療者間で共有するための重要なツールです。
客観的な評価結果に基づく情報は、医師、看護師、リハビリスタッフなどの間で共通認識を形成する助けとなります。
これにより、患者に対するケアが一貫性を持ち、質の高い医療が提供されます。
また、患者自身にも自分の感覚状態を客観的に理解してもらうことで、治療への積極的な参加が促されます。
医療者と患者の間のコミュニケーションをスムーズにし、信頼関係を深める役割を果たします。
NSAの所要時間
ノッティンガム感覚評価(NSA)の所要時間については…
- 最大60分の検査時間
- 一般的な検査時間は約20分
- 運動感覚と立体感覚のテストに約15分
…という文脈から解説します。
最大60分の検査時間
NSAの検査時間は、患者の感覚障害の程度や症状の複雑さに応じて大きく変動します。
特に、重度の感覚障害がある患者では、すべての検査項目を完了するのに最大60分かかる場合があります。
この時間には、患者の体位の調整やコミュニケーション、検査準備に要する時間も含まれます。
長時間の検査が必要な場合でも、正確な評価が治療計画に直結するため、慎重に進めることが求められます。
検査者は患者の状態を考慮しながら、適切なペースで進めることが重要です。
一般的な検査時間は約20分
NSAは、効率的に設計されており、感覚障害が軽度な場合や一部の項目のみを実施する場合は、約20分で完了することが可能です。
この時間は、患者の負担を軽減しつつ、必要なデータを迅速に収集することを目的としています。
また、経験豊富な検査者が実施することで、さらにスムーズに進められる場合もあります。
約20分という時間設定は、日常の臨床場面において、他の評価や治療と並行して行える実用性を示しています。
効率的な評価は、患者ケアの質を向上させるための重要な要素です。
運動感覚と立体感覚のテストに約15分
NSAの一部である運動感覚(キネステジア)と立体感覚(ステレオグノーシス)のテストには、約15分の時間が必要です。
これらのテストは、患者の感覚障害を詳細に評価する上で特に重要な項目です。
運動感覚の評価では、患者が関節の動きや位置をどれだけ正確に感じ取れるかを測定します。
一方、立体感覚の評価では、触覚による物体の識別能力を検査し、感覚と認知の連携を調べます。
これらの評価を丁寧に実施することで、感覚障害の性質や範囲をより正確に把握することができます。
NSAの検査方法
NSAはその検査対象感覚を大きく分けると…
- 触覚
- 運動覚
- 立体感覚
…の3つになります。
それぞれ解説します。
触覚
NSAにおける触覚検査の方法ですが、それぞれポイント別に解説します。
準備物
NSAの触覚検査では、目隠し、綿毛ボール、ニューロチップ、試験管2本、温水と冷水、タルカムパウダーを使用します。
採点基準
NSAの触覚検査の採点基準は以下の通りになります。
- 0(消失):3回認識できない場合
- 1(低下):テストの感覚を識別できるが3回すべてではない場合
- 2(正常):3回すべてで正しく回答可能な場合
- 9(評価不能):テスト不可の場合
検査方法
NSAでの触覚の項目では次のような方法で検査します。
回数はそれぞれ3回繰り返します。
- ライトタッチ:綿球で皮膚を軽く触る。
- 圧迫:人差し指で皮膚の輪郭が変形する程度に皮膚を押す。
- ピンプリック:神経針で皮膚を均等な圧力で刺す。
- 温度:熱湯と冷水を入れた2本の試験管の側面で皮膚を触る。熱い試験管と冷たい試験管をランダムに順番に当てる。
- 触覚の定位:圧力の項目で2点を獲得した部位のみをテストする。タルカムパウダーを塗った人差し指の指先で圧テストを繰り返し、触られた場所に印をつけ、患者に触られた場所を正確に指差すように指示する。
- 両側検査:体の片側または両側の対応する部位を指先で触る。患者が圧力の項目で2を獲得した項目にのみ触れる。それ以外は「9」と記録する。
運動覚
次にNSAにおける運動覚の検査方法ですが、ここでは運動感覚、方向感覚、正確な関節位置感覚の3つの側面が同時に評価されます。
準備物
NSAの運動覚検査では、目隠しを使用します。
採点基準
NSAの運動感覚の採点基準は以下の通りになります。
- 0(消失): 動作が行われていることがわからない。
- 1(感覚がある): 患者は動作のたびに、動作が行われていることを示すが、動作の方向が正しくない。
- 2(方向がある): 患者はテスト動作の方向を認識し、そのたびにテスト動作の方向をミラーリングできるが、新しい位置では不正確である。
検査姿勢
上肢は座位で、下肢は仰臥位で検査します。
検査方法
検査者が患側の手足を支え、一度に一つの関節を様々な方向に動かします。
患者はもう片方の手足で動きの変化を映すように指示されます。
動作練習
目隠しをする前に3回の動作練習を行います。
立体感覚
NSAにおける立体感覚の項目について解説します。
準備物
準備物として目隠し、2ペンス硬貨、10ペンス硬貨、50ペンス硬貨、ペン、鉛筆、くし、はさみ、スポンジ、布、コップ、グラス
採点基準
NSAの立体感覚の項目の採点基準は以下の通りになります。
- 0 (消失): いかなる方法でも対象物を識別できない。
- 1 (障害): 対象物の特徴がいくつか識別されるか、対象物の説明が試みられる。
- 2 (正常): 物体の名称が正しいか、照合されている。
- 9 (不可): テストが不可能な場合。
検査方法
最初に麻痺側を検査し、その後非麻痺側を検査します。
対象物を最大30秒間、患者の手の中に置きます。
手の中の対象物の名称、説明、マッチングを行います
検査者は患側の手で物体を動かしてもよいとされています。
NSAの関連研究
ここではノッティンガム感覚評価の関連研究について解説します。
NSAとFMA(感覚検査項目)が実用的
ConnellとTyson (2012) による研究では、神経学的疾患における感覚の測定方法の包括的なレビューを行っています。
彼らは、ノッティンガム感覚評価のエラスムスMC修正版とFugl-Meyer評価の感覚セクションが、臨床的実用性と測定特性のバランスが最も良いことを発見しました 1)。
イタリア語版NSAも信頼性が高い
Baroniら (2022) の研究では、ノッティンガム感覚評価のエラスムスMC修正版のイタリア語版に関する研究が行われています。
この研究ではこのツールが脳損傷を受けた患者の主要な感覚障害を評価するための信頼性の高いスクリーニングツールであることが示されています2)。
ブラジルでの脳卒中患者の感覚機能評価にNSAが適切なツールである
Limaら (2010) は、ブラジル版のノッティンガム感覚評価の信頼性、合意性、妥当性を調査しました。
その結果、このツールが脳卒中患者の感覚機能評価に有効であると結論付けています3)。
参考
- 1)Connell, L., & Tyson, S. (2012). Measures of sensation in neurological conditions: a systematic review. Clinical Rehabilitation, 26, 68 – 80. https://doi.org/10.1177/0269215511412982.
- 2)Baroni, A., Bassini, G., Marcello, E., Filippini, F., Mottaran, S., Lavezzi, S., Crow, J., Basaglia, N., & Straudi, S. (2022). The Italian version of the Erasmus MC modifications to the Nottingham Sensory Assessment for patients following acquired brain injury: Translation and reliability study. Clinical Rehabilitation, 36, 1655 – 1665. https://doi.org/10.1177/02692155221111920.
- 3)Lima, D., Queiroz, A., Salvo, G., Yoneyama, S., Oberg, T., & Lima, N. (2010). Brazilian version of the Nottingham Sensory Assessment: validity, agreement and reliability.. Revista brasileira de fisioterapia (Sao Carlos (Sao Paulo, Brazil)), 14 2, 166-74 . https://doi.org/10.1590/S1413-35552010005000006.