脳卒中といった脳血管障害が原因での高次脳機能障害の一つである“半側空間無視”。
作業療法士が臨床で関わる機会は非常に多い症状の1つと言えます。
今回はこの半側空間無視の定義や症状、そしてリハビリテーションとしての介入方法について解説します。
半側空間無視とは
半側空間無視(USN:Unilateral Spatial Neglect)とは、脳の損傷により左右どちらかの空間を認識できなくなる症状です。
特に右脳が損傷すると、左側の物や人を無視してしまうことが多く、脳卒中や脳血管障害後に発生することが一般的です。
患者は視野自体に問題がないため、無視していることに気づかず、食事で左側の食べ物を残すなど、日常生活に影響が出ます。
半側空間無視を最初に報告したのは、1979年の”KM Heilman”による”Mechanisms underlying hemispatial neglect”という報告が、学術的な半側空間無視についての論文かと思われます1)。
被引用数も1000を超えているので、基本はこの論文が現在までの半側空間無視の研究に影響を与えているといえます。
半側空間無視の症状
半側空間無視は、脳の損傷により、空間の半分を認識できなくなる神経学的症状です。
その症状として、具体的には…
- 視覚的無視
- 聴覚的無視
- 触覚的無視
- 自己認識の欠如
- 日常生活への影響
- 空間認識の障害
- 行動の偏り
…などがあげられます。
それぞれ解説します。
視覚的無視
半側空間無視における視覚的無視とは、片側の視野に入っている物体や人を見落としてしまう状態を指します。
患者は見えているにもかかわらず、その側の物体に気づかず、見過ごしてしまうことが一般的です。
たとえば、食事の際に左側の皿が見えていても、全く手を伸ばさない場合があります。
これは脳の損傷によって片側の空間が認識されなくなるためであり、視覚自体には問題がない点が特徴です。
視覚的無視は日常生活に大きな影響を与え、注意や意識の回復がリハビリの一つの目標となります。
聴覚的無視
聴覚的無視は、片側からの音声や声かけに反応しないという症状です。
患者は、片側からの声に全く気づかないか、反応が遅れたりすることがあります。
例えば、左側から名前を呼ばれても、その声を無視してしまい、右側からの呼びかけにだけ反応するという行動がよく見られます。
この聴覚的無視は、社会的なコミュニケーションにおいて特に問題を引き起こし、会話の流れを遮ることになります。
リハビリでは、片側からの音や声に意識を向ける訓練が必要です。
触覚的無視
触覚的無視は、片側の身体に対する感覚刺激を無視する状態です。
たとえば、左手に触れられても患者はその接触に気づかないか、無意識に無視することがよくあります。
この症状は、感覚が存在しているにもかかわらず、脳がその感覚を処理しないために起こります。
日常生活では、衣服を着る際に片側を見落としたり、片側の手を使わないことが一般的に見られます。
リハビリでは、感覚刺激を与え、その感覚に注意を向ける訓練が行われます。
自己認識の欠如
半側空間無視の患者は、自分が片側を無視していることに気づかないという特徴があります。
これは「無関心症」とも呼ばれ、患者自身がその症状に対して認識を持たないため、治療やリハビリに対して積極的になりにくいことがあります。
自分が無視していることに気づいていないため、日常生活の中で問題が起きてもその原因に気づかず、周囲からの指摘でようやく認識することがあります。
この自己認識の欠如を克服するためには、リハビリで患者に自分の症状を理解させることが重要です。
日常生活への影響
半側空間無視は、患者の日常生活に大きな影響を与えます。
たとえば、食事の際に片側の食べ物を残したり、片側の服を着るのを忘れることがあります。
これは、無視している側の空間に対して意識が向かないためで、家事や身の回りの作業にも困難が生じます。
また、歩行時に片側の障害物に気づかず、ぶつかる危険性もあります。
日常生活の自立を目指すためには、患者が無視している側に意識を向ける訓練が必要です。
空間認識の障害
半側空間無視では、物体の位置や距離を正確に把握する能力が低下します。
これは、脳の損傷によって片側の空間に対する認識が曖昧になるためで、物体をつかもうとすると手が届かなかったり、過度に近づいてしまうことがあります。
この空間認識の障害は、特に運動機能に影響を与え、物をつかむ、運ぶ、操作するといった動作が困難になります。
リハビリでは、空間認識を強化するための視覚的・感覚的なフィードバックが重要です。
行動の偏り
半側空間無視の患者は、無視している側に体を向けることが少なくなり、行動が偏ります。
たとえば、座っている際に常に右側だけを向いたり、移動時に右に寄って歩くことがあります。
この行動の偏りは、片側の空間に対する無意識の無視によるもので、結果として片側に対する注意が極端に減少します。
リハビリでは、患者が無視している側に体を向ける訓練や、行動を意識的に修正する練習が行われます。
この偏りを改善することで、日常生活の動作がより安定し、スムーズに行えるようになります。
半側空間無視の日常生活への影響
半側空間無視の日常生活への影響として、ここでは…
- 食事の際の問題
- 着衣や整容の難しさ
- 安全性の懸念
- 会話の困難
- 空間の認識の歪み
- 社会参加の制約
- 生活の質への影響
…について解説します。
食事の際の問題
食事中に無視側の食べ物を見落とすことがあり、食べ残しが生じる可能性があります。
また、食べ物や飲み物を無視側に持っていくことが難しくなることもあります。
これによって食事の質や摂取量に影響を与え、栄養状態の悪化につながる可能性も考えられます。
着衣や整容の難しさ
衣服を着る際に無視側の肩掛けやボタン留めが難しいことがあります。
左側の袖を通さずにいる…なんて場面もみられます。
また、髪型を整える際にも無視側の髪の毛や顔の一部が見えづらいため、均一な整髪が難しくなることがあります。
これにより、外見の手入れが難しくなり、外出時や社会的な場面での自信や満足感が低下することが考えられます。
この影響は個人によって異なりますが、着衣や整容に関する難しさが半側空間無視の人々の日常生活の品質や自己イメージに影響を及ぼす要因となることがあります。
安全性の懸念
無視症状によって周囲の環境を適切に把握できなくなります。
結果、歩行や移動中に無視側に存在する障害物や人を認識できないため、転倒や衝突のリスクが増加します。
また交通や歩道の横断など、安全が必要な状況で無視側の危険を認識できないため、事故の可能性も高まります。
会話の困難
会話中に相手の無視側にいる人や物、発話内容を見逃すことがあり、正確なコミュニケーションが難しくなります。
また、無視側から話しかけられても気づかないことがあるため、相手との対話がスムーズに進まないことがあります。
これにより、誤解や情報の不足が生じる可能性があり、社会的な交流や日常生活でのコミュニケーションの質が低下することが考えられます。
空間の認識の歪み
環境の一部を無視するため、部屋や場所の全体的な認識が歪んでしまうことがあります。
部屋の配置や景色、建物の位置などが正しく理解されず、無視側が欠落したままの状態で認識されてしまいます。
これにより、歩行中に道に迷う、建物や施設の位置を把握できない、地図を理解するのが難しいといった問題が生じます。
また、物体の距離や位置関係の判断も難しくなり、物をつかむ際に手の位置や動きがずれることがあります。
この影響により、日常の移動や行動が制約されるだけでなく、新しい場所や環境への適応も難しくなる可能性があります。
社会参加の制約
無視症状があるため、社会的な活動や外出が難しくなり、社会参加に制約が生じることがある。
公共の場や人混みでの移動が難しくなり、人々や出来事の一部が無視されてしまうことで、社会的な交流やコミュニケーションが阻害される可能性があります。
例えば、グループでの会話に参加する際に他人の発言や動きを見落とすことがあり、会話の内容や流れを理解するのが難しくなることが考えられます。
また、公共交通機関の利用や外出先での案内も困難となり、社会参加の幅が狭まることがあります。
これにより、社会的な結びつきや文化的な活動の機会が減少し、孤立感や社会的な排除のリスクが高まる可能性があります。
生活の質への影響
上記の影響が組み合わさることで、生活の質が低下し、日常生活の充実感や満足度が減少する可能性があります。
その結果、活動範囲の狭小化、引きこもり、対人関係の不安などからうつ病を発症するケースもみられます。
半側空間無視の特徴
半側空間無視の特徴としては…
- 基本的に頭部や視線の動きの制限がない状況下で生じる
- 視覚モダリティに限らず感覚性入力とまれに運動を伴う出力(反応)との密接な関係における右方向への反応傾向
- クライアント自身はその病態に関して無関心
…といったことがあげられます。
それぞれ解説します。
基本的に頭部や視線の動きの制限がない状況下で生じる
半側空間無視の特徴の一つは、患者に頭部や視線の動きに制限がない状況下で生じることです。
これは、目や体を動かせるにもかかわらず、無視している側の空間や物に気づかない状態を指します。
たとえば、左側の物が視野内にあっても、頭や目を動かして確認することがありません。
このため、視覚的な障害とは異なり、脳内での認識の問題が中心となります。
この特徴は、日常生活において無意識に危険を招く可能性があり、特にリハビリにおいて認識を補助する工夫が重要です。
視覚モダリティに限らず感覚性入力とまれに運動を伴う出力(反応)との密接な関係における右方向への反応傾向
次に、半側空間無視は視覚に限らず、感覚的な入力全般に影響を及ぼします。
これは、患者が無視している側の空間に対して視覚だけでなく、聴覚や触覚にも反応しないということです。
たとえば、左側からの声かけや左手への接触にも気づかないことがよくあります。
この感覚の無視は、時折運動反応にもつながり、無視している側に対する動作や反応が極端に少なくなる傾向があります。
こうした特徴に対して、全体的な感覚入力を強調したリハビリが必要となります。
クライアント自身はその病態に関して無関心
さらに、患者自身がこの症状に対して無関心であることも特徴です。
半側空間無視の患者は、自分が無視している空間や物についての認識がなく、問題を感じないことが多いです。
これは「無関心症」と呼ばれ、患者が自分の状態に気づいていないため、リハビリに対しても積極的に取り組むことが難しいことがあります。
自分の状態を認識しないために、周囲の協力と適切なサポートが不可欠です。
この無関心をどう克服するかが、治療やリハビリの鍵となります。
半側空間無視の責任病巣
半側空間無視は、脳の特定の部位、つまり責任病巣の損傷によって引き起こされる神経学的症状です。
ここでは…
- 側頭-頭頂-後頭葉接合部付近
- 空間性注意の神経ネットワーク関連部位
- 後大脳動脈領域支配部位
- 内包後脚
- 白質病変:上縦束
…について解説します。
側頭-頭頂-後頭葉接合部付近
この領域は、半側空間無視の責任病巣として古典的に最も重要視されてきた部位です。
特に側頭葉、頭頂葉の下頭頂小葉、後頭葉の上側頭回や角回が影響を受けやすく、これらの部位が損傷すると、空間認識や視覚的な注意が大幅に低下します。
この領域の損傷は、患者が無視している側の空間に気づかない、視覚的無視が顕著に現れる原因となります。
視覚モダリティにおいて、片側の物体や人に気づかないという症状が多く見られるのは、この領域の損傷によるものです。
リハビリにおいては、この領域の機能回復を目指し、視覚的注意を促す訓練が重要となります。
空間性注意の神経ネットワーク関連部位
半側空間無視には、後部頭頂葉、前頭眼野、帯状回、視床、線条体、上丘など、空間性注意の神経ネットワーク関連部位が深く関わっています。
これらの部位は、視覚情報だけでなく、感覚や運動の情報を統合し、空間認識を司るため、損傷すると視覚や聴覚、触覚といった複数のモダリティにおいて無視が生じます。
後部頭頂葉は視覚的注意を調整し、前頭眼野は目の動きを制御し、帯状回や視床、線条体は感覚情報の処理に関与しています。
このネットワーク全体が機能することで、正常な空間認識が保たれますが、損傷により半側空間無視が発生します。
このネットワークを回復させるためのリハビリは、視覚だけでなく複数の感覚を使った訓練が効果的です。
後大脳動脈領域支配部位
後大脳動脈領域が支配する前頭葉、後頭葉、側頭葉も、半側空間無視の発現に重要な役割を果たします。
特に後頭葉は視覚情報の処理を行い、前頭葉は行動計画や注意の持続に関わるため、これらの部位が損傷すると、視覚的無視や行動の偏りが生じることが多いです。
後大脳動脈が詰まると、これらの領域が十分な血流を受けられず、空間的な認識が困難になります。
側頭葉は聴覚的な無視や感覚情報の統合に関連しているため、この領域の損傷によって患者は聴覚や感覚においても無視を示すことがあります。
リハビリテーションでは、これらの領域に対する刺激を繰り返し与えることが、回復への一歩となります。
内包後脚
内包後脚は、半側空間無視において白質の病変が関与する重要な部位です。
この領域は、脳内で前頭葉や頭頂葉、後頭葉との情報伝達を担っており、運動機能や感覚情報の処理に関わります。
特に内包後脚が損傷すると、運動機能に偏りが生じ、無視している側の身体や空間に対して運動反応が低下します。
たとえば、無視している側への手足の動きが減少し、体のバランスが偏ることがあります。
内包後脚の損傷が回復すると、運動機能の回復とともに、空間的認識も改善する可能性があるため、運動療法と感覚訓練の組み合わせがリハビリにおいて重要です。
白質病変:上縦束
上縦束は、頭頂葉と前頭葉を連絡する白質の束であり、半側空間無視の症状に影響を与える部位です。
この束は、空間認識や運動の指令を伝達する重要な経路で、損傷すると空間的な注意や視覚認識が困難になります。
特に上縦束の損傷は、無視している側に対する視覚や運動の反応を弱め、物体の位置や距離の認識が曖昧になります。
白質病変は、脳の各部位をつなぐ経路を断ち切るため、症状が複数の領域にわたって広がることが特徴です。
リハビリでは、この連絡経路を刺激し、空間的な認識と運動機能を回復させることが重要です。
半側空間無視への評価・検査方法
半側空間無視の評価は、脳損傷の程度や部位、個々の患者さんの状態によって異なってきますが、一般的に以下の方法が用いられます。
- 線分二等分試験
- 抹消試験
- 模写試験
- 描画試験
- BIT行動性無視検査
- CBS評価表
それぞれ解説します。
線分二等分試験
線分二等分試験は、半側空間無視の評価に使用される簡便な検査方法です。
紙面に描かれた直線の中央を患者に指示させ、その位置を確認することで無視の程度を評価します。
半側空間無視の患者は、無視している側の空間を認識できないため、直線の中央を大きく偏って指すことがよくあります。
たとえば、右脳損傷で左側の空間を無視している場合、中央より右側を指す傾向があります。
この検査は短時間で実施できるため、初期評価や経過観察に広く使用されています。
抹消試験
抹消試験は、紙面上に描かれた多数の短い線分やシンボルに患者が印をつけることで、半側空間無視の評価を行います。
患者は無視している側にある線やシンボルに気づかず、反応が偏ることが多いです。
たとえば、左側のシンボルに印をつけない一方、右側のシンボルにはしっかりと反応する場合があります。
この検査は、視覚的な無視がどの程度広がっているかを確認するのに有効であり、空間認識の評価に頻繁に用いられます。
結果は定量化され、患者の無視の程度を数値で評価できます。
模写試験
模写試験は、患者に花や風景画、幾何学図形などの線画を白紙に書き写してもらうことで、半側空間無視を評価する検査です。
無視している側の空間に気づかない患者は、片側の図形しか模写できなかったり、描いた図形が片寄ったりします。
たとえば、右脳損傷で左側を無視している場合、描かれた花の左半分が抜け落ちていることがよくあります。
この試験は、視覚的無視の症状を視覚的に確認できるため、視覚的フィードバックを通じて患者自身が症状を認識する手助けにもなります。
描画試験
描画試験は、患者に提示された物をイメージで白紙に描いてもらうことで、空間認識の歪みを評価する方法です。
模写試験と異なり、与えられた図を参考にせず、記憶やイメージに基づいて描くため、より患者の内的な空間認識の問題を浮き彫りにします。
半側空間無視の患者は、無視している側の部分が欠けている絵を描くことが多く、視覚的な偏りが明確に表れます。
この試験は、患者の内的な空間認識の歪みを評価し、治療やリハビリの方針を立てるのに役立ちます。
⑤
BIT行動性無視検査
BIT(Behavioural Inattention Test)は、日常生活での無視の症状を評価する標準化された検査です。
この検査は、複数の視覚的なタスクや模倣、描画タスクを含み、患者がどの程度無視しているかを具体的に評価します。
例えば、メニューを読む、手紙を書くなど、日常生活に近い活動が含まれているため、患者の無視が日常生活にどれだけ影響を与えているかを実際に測定できます。
BITは、多くの医療機関で使用されており、半側空間無視の全体的な症状を評価するのに信頼性の高いツールです。
CBS評価表
CBS(Catherine Bergego Scale)は、日常生活における無視の症状を自己評価と観察評価で行う方法です。
患者自身が無視を自覚していないことが多いため、観察者による評価と比較することで、より包括的な評価が可能となります。
患者は、自分の無視に対する自覚が低い場合でも、観察者の評価を通じて症状を理解することができ、リハビリに対する意識を高めることが期待されます。
日常生活の行動に基づく評価であるため、日常的な課題における無視の影響を明確に把握することができます。
CBSは、患者の実生活に即した評価ができるため、リハビリテーションの効果を測定するのにも役立ちます。
半側空間無視に対しての行動観察のポイント
半側空間無視は、日常生活に大きな影響を与える可能性のある神経学的症状です。
行動観察は、この症状を評価する上で非常に重要な要素となります。
ここではそのポイントとして…
- 視線および眼球運動
- 頭部の動き
- 姿勢
- 患肢への配慮
- 注意・集中力
- 動作観察
…などがあげられます。
それぞれ解説します。
視線および眼球運動
半側空間無視の患者は、無視している側の空間に視線を向けるのが難しく、視線が常に健側に偏りがちです。
眼球運動に左右差が生じることが多く、無視している側に視線を向けるときは、遅く不自然な動きになることがよく見られます。
これにより、患者は無視している側の物体や人に気づかず、視覚情報の処理に偏りが生じます。
リハビリでは、視線誘導や眼球運動のトレーニングを行うことで、患者が無視している側に意識を向けやすくすることが目指されます。
眼球運動の観察は、患者の症状の重さやリハビリの進捗を判断する重要なポイントです。
頭部の動き
無視している側の空間を見ようとする際、患者が頭を健側に傾けたり、体を大きく動かして補おうとすることがあります。
このような不自然な動きが見られる場合、無視している側への注意が不足していることを示しています。
リハビリでは、無視している側の空間に頭部を誘導するようなトレーニングを行うことが効果的です。
また、患者が頭を動かさないまま無視側の空間に気づくことができるようになることを目指し、頭部の自然な動きを促すことも重要です。
これにより、日常生活での空間認識が向上し、全体的なバランスの改善が期待されます。
姿勢
半側空間無視の患者は、無視している側の空間を避けるように体が健側に傾いていることがよくあります。
たとえば、座っている際に体が常に一方向に寄ってしまい、車椅子を使用する場合でも、健側に体を寄せる姿勢をとることが多いです。
これにより、体のバランスが崩れ、移動や姿勢保持に支障をきたします。
リハビリでは、無視している側に体重をかけるトレーニングを行い、患者がバランスを取れるように支援します。
姿勢の偏りを正すことで、日常生活における動作の安全性や独立性が向上します。
患肢への配慮
半側空間無視の患者は、無視している側の手や足をほとんど使わず、健側の手足に頼る傾向があります。
たとえば、食事中に健側の手だけを使って活動し、無視している側の手はほとんど使わないケースが典型的です。
この行動の偏りは、無意識のうちに無視している側への意識が希薄になっているためで、患者は患側を「忘れた」状態になります。
リハビリでは、無視している側の手足を使う動作訓練を行い、患肢への意識を取り戻すことが重要です。
これにより、両側の手足をバランスよく使用できるようになり、日常生活動作が改善します。
注意・集中力
半側空間無視の患者は、無視している側からの刺激に気づきにくく、注意を向けることが難しいです。
たとえば、会話中に無視している側から話しかけられても反応が遅れたり、聞き返したりすることがしばしば見られます。
こうした注意の欠如は、患者が無視している側の環境に対して興味を持てなくなっているために起こります。
リハビリでは、患者の注意を無視している側に向けるための訓練が行われます。
無視している側への注意を高めることで、コミュニケーションや社会的活動への参加が改善されることが期待されます。
動作観察
半側空間無視の特徴的な行動は、日常生活動作において偏りや誤動作として現れることがあります。
たとえば、食事の際にお皿の片側しか食べなかったり、着替えの際に無視している側の腕を通し忘れるなどの動作の偏りが見られます。
これらの動作の観察により、無視の程度や日常生活への影響を具体的に把握することができます。
リハビリでは、これらの誤動作に対するフィードバックを行い、無視している側への意識を取り戻すための訓練が行われます。
日常生活動作の改善は、患者の自立度を高め、生活の質を向上させることに繋がります。
半側空間無視へのリハビリや治療方法
半側空間無視のリハビリテーションは、脳の可塑性を利用し、無視している側の空間への注意を促し、空間認知機能を改善することを目的としています。
様々なアプローチがありますが、代表的なものとしては…
- 視覚性探索トレーニング(VST)
- プリズム順応
- 反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)
- 体性感覚刺激
- 体幹回旋訓練
- 左側上肢の使用
- ADL志向型アプローチ
- 対症的アプローチ
- Spatiomotor cueing
…などがあげられます。
それぞれ解説します。
視覚性探索トレーニング(VST)
視覚走査(探索)トレーニング(visual scanning training:VST)とも呼ばれる方法で、エビデンスグレードBの方法になります。
これはペグボードやお手玉などをクライアントの右から左へ連続して移動させて完成させる…という方法です。
クライアントは事前に決められた数の物品を自分の手の動きを眼で視覚的に確認し、失敗がないように手で探りながら触覚的に確認させて行います。
プリズム順応
プリズム順応は、プリズム眼鏡を使用して視覚フィードバックを変え、無視している側の空間に注意を向けさせる方法です。
プリズム眼鏡は、患者が無視している側を強制的に意識するように視野をずらし、無視の症状を改善します。
患者はプリズム眼鏡をかけて活動を行い、無視している側の空間を徐々に認識できるようになります。
この方法は、短期間で効果が現れることが多く、視覚的なフィードバックを利用した効果的なリハビリ手法として注目されています。
プリズム眼鏡の順応後、日常生活での注意改善も期待されます。
反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)
反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)は、脳の特定の部位に磁気刺激を与えることで、神経活動を調整し、半側空間無視の症状を軽減する治療法です。
無視に関連する脳の部位を刺激することで、脳の機能を活性化させ、神経回路の再編成を促進します。
この方法は、非侵襲的であり、薬物療法やリハビリと併用されることが多いです。
rTMSは、無視の症状が重度の場合でも改善が期待でき、リハビリ効果を強化する手段として利用されています。
一定のセッションを行うことで、持続的な改善が見られることがあります。
体性感覚刺激
体性感覚刺激は、触覚や振動刺激を用いて無視している側の感覚入力を増やし、注意を促進する方法です。
無視している側の手足に対して触覚刺激や振動を与えることで、感覚への注意を高め、無視の症状を改善します。
たとえば、無視している側の腕に軽く触れたり、振動装置を用いて刺激を与えると、患者がその側に意識を向けやすくなります。
この方法は、感覚情報の強化によって、空間認識の向上を目指します。
体性感覚刺激は、視覚や聴覚だけでなく、触覚を利用することで全体的な感覚統合を促進します。
体幹回旋訓練
体幹回旋訓練は、患者の体幹を意図的に回旋させることで、無視している側の空間に対する注意を引き出すリハビリ法です。
身体全体を回旋させることで、患者が無視している側に自然と目を向けるよう促し、空間認識を改善します。
たとえば、椅子に座った状態で無視している側に体を回旋させる動作を繰り返すことで、無視している側への注意が向上します。
この訓練は、姿勢制御やバランス感覚の改善にも役立ちます。
体幹回旋は動作と認知を結びつけるため、日常生活の動作にも応用可能です。
左側上肢の使用
左側の上肢を積極的に使用することは、無視している側の手足への注意を高め、半側空間無視の改善に寄与します。
無視している側の上肢を意識的に使うタスクを行うことで、その側の空間への注意が促進されます。
たとえば、食事や物を持つ動作などで左手を使うことを奨励し、無視している側の手足の動作と空間認識を連動させます。
リハビリでは、この側を使うことで、意識的に無視している側の空間に目を向ける習慣を養います。
反復的に行うことで、無意識のうちに左側への注意が自然に向かうようになります。
ADL志向型アプローチ
ADL志向型アプローチは、日常生活動作(ADL)を通じて無視している側への注意を引き出すリハビリ法です。
例えば、食事や着替え、歩行といった日常の活動の中で、無視している側を意識させるタスクを取り入れます。
これにより、患者が実際の生活環境で無視している側に注意を向けやすくなり、生活の質が向上します。
ADL活動に基づいた訓練は、日常的な場面での実践的な改善を目指すため、リハビリの効果が現れやすいです。
このアプローチは、患者の自立支援にも有効です。
対症的アプローチ
対症的アプローチは、個々の患者の症状に応じた具体的な対策を講じるリハビリ手法です。
患者ごとに無視の程度や影響が異なるため、その症状に最も効果的な方法を選び、個別に対応します。
たとえば、特定の視覚訓練や感覚刺激、行動修正などが含まれ、患者のニーズに合わせた治療計画を立てます。
このアプローチは、個々のリハビリ目標に合わせて柔軟に対応でき、症状の改善を効率的に進めることができます。
患者中心のリハビリを行うことで、効果的な治療が可能になります。
Spatiomotor cueing
Spatiomotor cueingは、無視している側の身体を動かすことで空間認知を改善する手法です。
身体の動きと空間認知を関連づけることで、患者が無視している側への注意を向けやすくします。
たとえば、無視している側の手や足を動かす運動を行い、その側への意識を高めることを目的とします。
この方法は、動作と空間認知の結びつきを強化し、全体的な空間認識の改善に役立ちます。
動作を伴うリハビリは、無視している側の注意を引き出す効果が高く、日常動作における応用も可能です。
半側空間無視が治る確率
半側空間無視の治癒率は、いくつかの要因によって異なります。
ここでは…
- 急性期の改善率
- 慢性期の改善率
…について解説します。
急性期の改善率
半側空間無視は、急性期において特に右半球が損傷された場合、約70〜80%の患者が改善すると報告されています。
急性期は脳損傷後の数週間以内の期間を指し、この時期は脳の可塑性が高く、適切なリハビリテーションが行われれば神経機能の回復が期待できます。
視覚的な探索訓練や感覚刺激、プリズム順応などのリハビリ手法を用いることで、患者の症状が大幅に改善されるケースが多いです。
急性期に適切な介入が行われることで、患者の日常生活や自立度が回復し、社会復帰の可能性が高まります。
この時期はリハビリ効果が最も顕著に現れるため、早期介入が重要です。
慢性期の改善率
一方で、半側空間無視が慢性期に移行すると、改善率は約40%程度に低下します。
慢性期は脳損傷から数ヶ月が経過した時期を指し、この時期になると脳の可塑性が低下し、回復のスピードが緩やかになります。
慢性期の患者でも、継続的なリハビリによって症状の改善が見込まれるものの、急性期ほどの顕著な回復は期待しにくいです。
そのため、リハビリテーションはより長期的かつ集中的に行われる必要があります。
慢性期でも、患者に合わせた適切な訓練を続けることで、機能回復や生活の質向上が可能です。
半側空間無視の見え方
半側空間無視の患者さんは、実際には視野に問題がないにもかかわらず、片側の空間を認識することが難しくなります。
具体的には、以下のような見え方が特徴です。
片側の空間が欠けているように感じる
視野の一部が欠けている
物体の一部しか見えない
日常生活での影響
それぞれ解説します。
片側の空間が欠けているように感じる
半側空間無視の患者は、無視している側の空間がまるで存在しないかのように感じることがあります。
これは脳の損傷によって、片側の空間が認識されなくなるため、患者はその側の情報を完全に見落としてしまいます。
たとえば、左側の空間が全く認識できず、その側にある物体や人に全く気づかないことがあります。
この「空間が欠けている」感覚は患者にとって非常に不自然で、日常生活における行動が大きく制限される要因となります。
リハビリでは、この欠けている空間への意識を取り戻すために、視覚探索訓練や感覚刺激が行われます。
視野の一部が欠けている
半側空間無視では、患者の視野の一部が欠けているように感じるため、そこに存在する物体を認識できません。
視野に入っているはずの物体や人が見えない、もしくは気づかないため、物を見落としたり、誤って見過ごしてしまうことがよくあります。
この視野の欠けは、ただの視覚障害とは異なり、脳がその部分の情報を処理できないために起こります。
たとえば、左側にある看板や標識を見落とし、結果として危険な状況に陥ることがあります。
リハビリでは、視覚的なフィードバックを利用し、患者が無視している視野部分に意識を向ける訓練が行われます。
物体の一部しか見えない
半側空間無視の患者は、物体全体を見ることができず、一部しか認識できないことがあります。
たとえば、時計を見たときに右半分しか認識できず、時間を正確に読むことができないという症状が典型です。
また、無視している側にある部分が見えないため、絵や文字などが不完全にしか見えず、意味を正しく理解できないことがあります。
この症状は、日常生活における物体認識や情報理解に大きな支障をきたし、患者の自立度を低下させる要因となります。
リハビリでは、物体の全体像を意識的に確認させる訓練が重要です。
日常生活での影響
半側空間無視は、日常生活に大きな影響を及ぼし、患者は左側の物体や食べ物に気づかずに残してしまったり、左側にある障害物に頻繁にぶつかることが多くなります。
たとえば、食事中に無視している側の料理を手をつけずに残してしまう、または歩行中に左側にある障害物に気づかずに衝突することがあります。
これにより、日常生活での安全性が低下し、移動や食事といった基本的な活動においてサポートが必要となることがあります。
リハビリでは、患者が無視している側に注意を向ける訓練や日常生活での適応訓練が行われ、生活の質の向上を目指します。
半側空間無視と半盲との違い
半側空間無視と半盲は、どちらも視覚に関連する障害ですが、その原因や症状には明確な違いがあります。
その違いとしてここでは…
- 定義の違い
- 原因の違い
- 主な症状の違い
- 感覚への影響の違い
- 日常生活への影響の違い
…について解説します。
定義の違い
半側空間無視は、脳の特定の部位(特に右頭頂葉)に損傷が生じ、一方の空間への注意が向けにくくなる状態です。
脳の注意機能が損なわれ、無視している側の空間を認識できなくなります。
一方、半盲は、眼球や視神経、または視覚中枢に損傷が生じた結果、視野の一部が物理的に見えなくなる状態です。
視覚的な障害が原因で、視野の特定の部分が欠けているため、視覚情報の処理が物理的に不可能になります。
このように、半側空間無視は注意の問題であり、半盲は視覚そのものの障害が原因となります。
原因の違い
半側空間無視の主な原因は、脳の損傷、特に右脳の頭頂葉や前頭葉に問題が発生することです。
脳卒中や頭部外傷、脳腫瘍などがこの損傷を引き起こし、無視している側の空間に対する注意が欠如します。
半盲は、視神経や視覚経路に障害が生じることで発生し、網膜剥離や緑内障、脳卒中などが主な原因です。
脳の注意機能ではなく、視覚情報を伝達する経路や眼自体に問題があるため、視覚的な情報が正しく伝達されません。
これにより、半側空間無視とは異なるプロセスで視覚障害が起こります。
主な症状の違い
半側空間無視の主な症状は、無視している側の空間や物体を認識できなくなることです。
視覚だけでなく、聴覚や触覚にも影響を及ぼし、片側の音や触覚刺激にも気づかないことがよくあります。
反対に、半盲は視覚の障害に限定されており、片側の視野が見えなくなる状態です。
半側空間無視の患者は無視している側に注意が向かないだけで視覚自体に問題はありませんが、半盲の患者は視覚自体が物理的に欠けています。
この違いが、認識や感覚に大きく影響します。
感覚への影響の違い
半側空間無視では、視覚に加えて聴覚や触覚にも影響が及びます。
無視している側の空間にある音や感覚を無視することが多く、左側から話しかけられても反応が遅れたり、左側の体に触れても気づかないことがあります。
一方、半盲は視覚のみに影響を及ぼすため、聴覚や触覚には問題がありません。
半盲の患者は視野の一部が欠けているために視覚的な情報を失うものの、無視しているわけではなく、聴覚や触覚には正常に反応できます。
このように、感覚への影響が半側空間無視の方が広範囲に及ぶことが違いです。
日常生活への影響の違い
半側空間無視の患者は、自分が無視していることに気づかないため、日常生活で無意識に危険な行動を取ることがあります。
たとえば、食事中に片側の食べ物を残したり、片側の障害物にぶつかることが頻繁に見られます。
また、服を着る際にも片側の服を着忘れるなど、無意識に偏った行動を取ります。
対して半盲の患者は、自分の視野が欠けていることを認識しているため、見えない部分を補うために頭を動かしたり視線を移動させるなどの代償行動が見られます。
このため、半盲の患者は日常生活で適応しやすい傾向がありますが、半側空間無視の患者は無意識に行動してしまうため、より危険が伴います。
日常生活上無視の症状がなければ、検査はしなくてもよいか?
半側空間無視の検査は、日常生活で明らかな無視の症状が見られなくても行うべきです。
右側半球の損傷がある場合、発生機序や責任病巣の広さから半側空間無視が出やすいことが知られており、検査によって症状を早期に発見することが重要です。
さらに、半側空間無視の症状は損傷部位や病期、環境条件によって多様に現れるため、一つの検査や観察結果だけで判断するのは適切ではありません。
複数の検査を組み合わせて患者の反応を多角的に評価し、どのような場面でどの程度の無視があるかを詳細に把握する必要があります。
そして、得られた情報を基に、日常生活で影響を受ける具体的な場面を予測し、適切な対応策を講じることが求められます。
参考
1)Mechanisms underlying hemispatial neglect