半側空間無視の定義【症状・検査・評価方法・リハビリや治療方法について】

講座

脳卒中といった脳血管障害が原因での高次脳機能障害の一つである“半側空間無視”。
作業療法士が臨床で関わる機会は非常に多い症状の1つと言えます。

今回はこの半側空間無視の定義や症状、そしてリハビリテーションとしての介入方法について解説します。

半側空間無視の定義について

まず、半側空間無視(USN:Unilateral Spatial Neglect)の定義ですが…

半側空間無視とは大脳半球病巣と反対側の刺激に対して発見したり、報告したり、反応したりその方向を向いたりすることが障害される病態。

…とされています。

半側空間無視は急性期を除けば右半球損傷後に生じる左無視がほとんどです。

半側空間無視の特徴について

半側空間無視の特徴としては…

  • 基本的に頭部や視線の動きの制限がない状況下で生じる
  • 視覚モダリティに限らず感覚性入力とまれに運動を伴う出力(反応)との密接な関係における右方向への反応傾向
  • クライアント自身はその病態に関して無関心

…といったことがあげられます。

半側空間無視の半盲との違いは?

半側空間無視の半盲との違いですが、視野認識という点で大きく異なります。
半盲は視野の認識不全という“視野障害”になるのに対し、半側空間無視の視野は完全に保たれている点で異なります。

もう少しそれぞれの違いについて解説します。

半側空間無視の場合

半側空間無視の場合は、周囲の刺激を排除した静かな環境下で視野の左側で指を動かす…といった動的刺激を提示すると気付くことが多いという特徴があります。
しかし、視野の左右で同時に刺激を提示すると右側のものしか認識しなくなります(視覚消去減少)。

そして眼や頭部を自由に動かして見渡す用に指示したとしても、左側空間を見ようともしないのが特徴です。

半盲の場合

一方、半盲の場合は、左側が見えないことクライアント自身気づいていたり、認識していることが多いです。
「病気になってから、左側が見えなくなった…」
…なんて訴えが聞かれることも多いです。

そのため、日常生活上で左側に眼や頭部を大きく動かして対象を視野に入れようとする代償行為が観察されます。

半側空間無視の症状について

半側空間無視の主な症状としては…

  • 頭部は左よりも右を向くことが多い
  • 食事の際には左側のものを食べ残す
  • 衣服は左側を着ようとせずに済ます
  • 車いすに乗ると左側のブレーキやフットレストを操作し忘れる
  • 車いす駆動をすると左側の障害物にぶつかっても平然としている
  • 左側にある部屋がわからずに廊下を左に曲がれない
  • 作業療法訓練中、課題遂行場面でも左側の手を使う頻度が少ない
  • 運動の方向性が右へ偏る

…などがあげられます。

でも、この症状ってなにも半側無視症状をもつクライアント全員に当てはまるわけではないようです。

症状は半側無視を持つクライアント全てに起こるとは限らない?

上述したような半側空間無視の症状は、同じ半側空間無視症状を有するクライアントであっても個々で異なります。
クライアントによって症状や程度が様々です。

また、同じクライアントでも場面や状況により症状が変動します。
これは半側無視症状を起こす責任病巣の広さ故の事象かな…って考えています。

セラピストとして必要なことは、一場面で判断せず様々な場面設定を行った上での評価、判断につなげることかなと思います。

半側空間無視における病識について

半盲と半側空間無視の違いでも触れたように、半側空間無視症状を有するクライアントは、上述したような症状に対しての問題意識が乏しいことがあげられます。
つまり「左側を見落としやすいので注意してくださいね」とこちらが言ったとしても、クライアント自身は「きちんと左側には注意していますよ?」となるのです。

この“無自覚”、“病識の欠如”の部分が日常生活における危険性の向上につながるため、転倒や事故に発展してしまう場合が多くあります。

物品の認知について

半側空間無視の症状を有するクライアントは、まとまりの良い物品や顔は比較的良好に認知できるのも特徴です。
つまり、左右対称であったり、一部をみれば同定できるような物品は認識しやすいようです。

例として、金槌を水平にして握る側をクライアントから見て右側にして提示すると「棒」と答えてしまう…というようなことになります。
しかし、右側部分だけでは明らかに知っているものではないと判断した場合は左側まで注意を向け、みようとする場合があるようです。

一例として、横からみた豚の絵をシッポが右側にくるようにして提示すると、左側の頭まで辿ろうとする…といったようなことです。

自己身体の認知について

指示に応じて右手でクライアントが自分自身の身体の左側を指し示したり、触ったりすることができない症状は“Personal neglect”と呼ばれ、主に急性期にみられることが多くあります。

評価、検査について

半側空間無視は同じクライアントでも状況によって症状の現れ方が異なってくるため、あらゆる場面を想定したうえでの評価、検査を行うことが望ましいとされています。
つまり机上検査だけでも不十分ですし、日常生活上の観察や評価だけでも不十分…ということになります。

机上検査について

半側空間無視の机上検査としては以下の検査があげられます。

  • 線分二等分線
  • 抹消試験
  • 模写試験
  • 描画試験

以下にそれぞれ解説します。

線分二等分線

紙面上に書かれた200mmの直線線分の中央と思う点(自覚点中点)に印をつける…という検査方法です。
この時の紙面の大きさはA4が一般的と言われています。

判断基準ですが、中点から10mm以上偏倚すると異常と判断されます。

抹消試験

表面上に多数ちりばめられた短い線分のすべてに印をつける線分抹消試験や、複数の種類のシンボルや文字を並べた中から標的のみに印をつける選択的抹消試験の両方を行うのが望ましいです。
標準化された方法としては、“Albert”による検査用紙が有名です。

判断基準ですが、抹消数の左右比率で偏りがあれば異常と判断されます。

模写試験

花、風景画、幾何学図形(立方体)などの線画の手本をそのまま白紙or余白に書き写す試験になります。
判断基準ですが、結果の左右差に注目して判断します。

描画試験

模写試験とは異なり、白紙に提示された物をイメージで描いていく試験になります。
時計、人、蝶といった課題が一般的です。

判断基準ですが、左右のバランスが崩れていれば異常とされます。

日常生活場面の評価

生活の自立を含めた質の向上…というものがリハビリテーションの目標であるならば、そのクライアントの日常生活場面における無視の影響を作業療法士はしっかりと評価しておく必要があります。
もちろんクライアントが実際に生活していた環境下で評価することが一番望ましいのですが、条件が難しい場合は代わりの環境下での評価、もしくは家族や介護者といった方に状況を聴取することも必要になってきます。

“catherine bergego scale”といった質問紙法を使用すると漏れもなく、わかりやすい方法といえます。

参考:半側空間無視のリハビリテーション

リハビリテーション場面での評価のポイント

作業療法士は特に、リハビリテーション訓練場面においても、半側空間無視の評価、検査を行っていく必要があります。
そのポイントとしては、

  • 空間定位
  • 空間認識
  • 身体認識
  • 訓練に対しての反応
  • …などがあげられます。
    以下にそれぞれ解説します。

    空間定位

    半側空間無視の“空間定位”の評価ポイントとしては、姿勢において頭部や体幹が右に回旋していないかどうか?を観察します。

    空間認識

    半側空間無視の“空間認識”の評価ポイントとしては、左側空間を有効に利用しているかどうかを観察します。

    身体認識

    半側空間無視の“身体認識”の評価ポイントとしては、麻痺側の上下肢を使用しているかどうかを観察しますが、これは運動麻痺による影響も考えられるためきちんと鑑別しないといけません。
    また、麻痺側の上下肢を触れることができるかどうか?も同時に評価します。

    訓練に対しての反応

  • 作業療法の訓練場面において、指示や提示に対しての反応も評価のポイントになります。
  • 「左」の指示でも右方向に反応してしまわないか
  • 作業療法士の左側をみて反応しているか
  • 治療道具や座るいす、部屋の左側を利用しているか
  • 左側への注意が持続するか
  • 日常生活でも訓練効果が現れるかどうか
  • …などがあげられます。

    半側空間無視の検査、BITについて

    半側空間無視の症状の現れ方を定量的に検査する方法としてBITがあげられます。

    日常生活上無視の症状がなければ、検査はしなくてもよいか?

    こんな質問、よく学生や新人から受けることが多いです。
    個人的な回答になってしまいますが…

    「発生機序、責任病巣の広さから半側空間無視が出やすいということから、右側半球の損傷の場合は特に半側空間無視があると予測して検査を行うべき」
    …と説明しています。

    加えて、半側空間無視の症状はその損傷部位、病期、環境条件によって様々な症状と変化を示すことからも、一つの検査や一場面での観察のみで判断するのは早計であるといえます。
    そのため数種類の検査を行い、各検査の成績と反応を見比べることで、どういった場面、刺激に対してどのような反応を示すのかを検出する必要があります。

    その上で日常生活の具体的にどのような場面に影響を与えるのか予測し対応することが必要になります。

    責任病巣、障害部位について

    半側空間無視の責任病巣についてですが、右大脳半球の損傷であれば、ほとんどどこでも半側空間無視が起こり得ると考えてよいようです。

    治療的なリハビリテーションアプローチについて

    半側空間無視に対してのリハビリテーションアプローチは様々です。
    半側空間無視の症状そのものに直接的に働きかけるアプローチから、生活のためのコツ、指導といったものまで幅広くあります。
    これらのアプローチの中でも「どれが重要」ではなく、「どれも重要」という発想が作業療法士にとっては必要と言えます。
    以下に半側空間無視に対しての代表的なリハビリテーションアプローチを説明します。

    プリズム順応(PA)

    “プリズム順応”という半側空間無視に対してのリハビリテーションアプローチも現在一定の効果を示す手段とされています(エビデンスグレードB)。
    この方法は…

    1. クライアントに視野が右に10°偏倚するプリズム付き眼鏡を装着させる
    2. 身体性中軸から左右10°に設置した資格目標に向かって右手でリーチするという課題を与える
    3. このリーチ課題をできるだけ早く50回反復する
    4. この際、標的に触れる部分以外は手の動きが見えないように隠し、頭部は身体性注意に固定するため顎を台に乗せ、セラピストが制御する。

    …といった方法になります。

    左側上肢の使用

    半側空間無視を呈しているクライアントは、多かれ少なかれ麻痺側(左側)の上肢の不使用に陥りがちです。
    この場合、身体図式や身体表彰の歪みから、半側空間無視の症状の重症化に繋がってしまいます。
    左側上肢を空間上で使用することで、身体図式、身体表彰の活性化だけでなく、児童運動出力や固有需要覚の入力によって左側への方向性注意の活性化につながります。

    特に作業療法士では生活場面でいかに左側上肢を使用するように促すか?という意識を持ってアプローチする必要があります。

    体幹回旋

    この体幹回旋の方法はエビデンスグレードCの方法になります。
    頭部を正中位に向けたまま、体幹を左側に回旋するとクライアント自身の身体中心が右側に移行します。
    これは身体中心の基本軸は頭部ではなく、体幹であることから、このような姿勢をすることで対面する空間(視野内)は正中線より右側になるため、
    結果的に左側無視の症状が“改善したよう”になります

    しかし、この“体幹回旋”によってクライアントの左側無視の症状が改善するのは、あくまで“一時的”なものなのでADL場面での代償手段といった方法にすることをおすすめします。

    体性感覚刺激入力

    この方法も“エビデンスグレードC”の方法であり、左後頸部筋への新藤茂樹によって、無視症状が短期間改善するというものになります。
    これは左側頸部筋への感覚入力によって正面を向いた頭部に対して体幹が左側に回旋したような錯覚を起こすことを利用したアプローチになります。

    視覚性探索トレーニング(VST)

    視覚走査(探索)トレーニング(visual scanning training:VST)とも呼ばれる方法で、エビデンスグレードBの方法になります。
    これはペグボードやお手玉などをクライアントの右から左へ連続して移動させて完成させる…という方法です。

    クライアントは事前に決められた数の物品を自分の手の動きを眼で視覚的に確認し、失敗がないように手で探りながら触覚的に確認させて行います。

    手がかり

    クライアントの視野の左側に目立つように印をつけたり、左側から音や振動による刺激を“手がかり”として入力する方法になります。
    視覚的に無視してしまう症状を他の感覚で補う…というアプローチであり、代償的手段ではありますが、日常生活を過ごす上でのコツとして利用することができます。

    介護者への指導

    クライアント本人だけではなく、介護者である家族にも半側空間無視の症状について説明する必要があります。
    また無視の症状に加え、クライアントが左側を見落とすことによるストレスや精神的落ち込みも発生する可能性があることも合わせて説明することも必要な場合があります。

    まとめ

    今回は半側空間無視の定義や症状、そしてリハビリテーションとしての介入方法について解説しました。

    クライアント本人も自覚しにくいこの半側空間無視という高次脳機能障害の症状は、非常に日常生活を送る上で問題となりやすい症状です。
    転倒や転落、怪我といったリスクにもつながりやすいことからも、早い段階でアプローチする必要があります。

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